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伊上武夫

中東からの情報

 中東を巡る情勢が昨年令和5年(2023年)末よりキナ臭くなってきており、ガザに対するイスラエルとハマスの戦闘の他にも紅海を航行する一般船舶に対するイエメンのフーシ派からの攻撃が続いています。中東の情勢は複雑ではありますが、一部だけをざっくりと説明しますと、イスラエル政府に対してテロ活動を続けるハマスがあり、ハマスと連携して行動するイエメンの反政府組織フーシ派があり、フーシ派をイランが支援している、という状況があります。

 そんな最中、今年令和6年(2024年)5月19日に、イランのライシ大統領とアブドラヒアン外務大臣が乗ったヘリが悪天候の中で墜落しました。世界中の人の脳裏に「暗殺」と「戦争」の文字が浮かんだはずです。翌20日、訪日予定だったサウジアラビアのムハンマド皇太子は「国王の健康状態を踏まえ」訪日延期を発表。またイスラエル政府は、まだ誰も何も言っていないうちから「関与していない」と声明を出しました。金価格も急上昇です。

 事故かテロか、死亡か生存か、まだイラン政府すら正確な情報を掴んでいない段階にも関わらず、ネットには「墜落現場」と称する画像などが氾濫し、情報混乱に拍車がかかります。国民の弾圧を繰り返してきたライシ大統領死亡を祝って、テヘランで花火が上がっているとの情報もネットを駆け巡りました。夜間数発の花火が上がる動画や大量の花火が打ち上げられる動画などいろいろありました。また「花火はイスラエルによるニセ情報で、テヘランでは大統領追悼集会に人々が集まっている」と画像をアップする人もいました。
 もはやどれが正しくどれがウソなのか、はたまた全てがウソなのか、現地にいない者には判別不可能な状況です。事故から3日ほど経ってから、イラン政府は調査結果を発表します。ヘリには弾痕は無く炎上は墜落後、つまり事故です。そして大統領はじめ全員の死亡も発表されます。
 ヘリは部品調達すら難しい1960年代のアメリカ製で、機体整備に問題があったのかもしれません。イラン大統領は事故死であって暗殺ではないと確定した後の5月30日、アメリカとイギリスの軍はイエメン国内のフーシ派の拠点攻撃を再開。これに反発したフーシ派は、さらなる船舶攻撃を宣言します。

 そして5月31日、空母アイゼンハワーなどのアメリカ海軍にミサイルやドローンにより打撃を与えたとフーシ派は発表しました。夜間炎上する空母の動画が何種類も出回ります。ところが攻撃されたはずのアイゼンハワーのヒル艦長は、攻撃受けている時間に自分の愛犬の画像やら艦内のパン工場の写真をネットに載せていました。
 結論から言うと、アイゼンハワーは無傷だし攻撃もされていません。ネットに上がった動画は全てニセモノだったわけです。今こうして皆さんが、ネットにアップされた私の文書をパソコンやスマホで読んでいるのと同じように、この時代は誰もが簡単に情報を作成することも受けることも可能になっています。

 かつては出版社やテレビ局といったフィルターを経由した情報しか、人々は得る事ができませんでした。現在はある意味で、産地直送の情報が入手可能なのですが、それは情報の食中毒が起こる危険と背中合わせでもあるわけです。というわけで、長い前振りでありましたが、今回はニセ情報について書いていこうと思います。

兵は詭道也

 ニセ情報、いわゆる「フェイクニュース」と呼ばれるものは、最近出始めたものというわけではありません。たとえば戦争において、敵を欺く行為は当然のように行われます。相手より兵力を多く見せるよう偽装したり、油断しきっているフリをしながら準備万端整えていたりするわけです。
 かの孫氏曰く、
「兵は詭道也、故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示す、近きにして之に遠きを示し、遠きにして之に近きを示す」
(戦争は騙し合いだ。だから可能であっても不可能と思わせ、ヤル気があっても無気力に思わせ、近くにいても遠くにいるよう、遠くにいても近くにいるように思わせる必要がある)
と、申しております。
 ナポレオンも愛読した2500年前の戦略教本は、現在も世界中の軍事専門家の必須科目でありますが、このニセ情報戦略の有名な成功例として、第二次世界大戦でノルマンディー上陸作戦のために行われたフォーティデュード作戦があります。幾度も映画になったノルマンディー上陸作戦ですが、この作戦の裏では連合国側とドイツ側の情報の探り合いがありました。

 大規模な兵力をかき集めている連合国軍がどのルートでヨーロッパ大陸に侵攻してくるか、信頼できる複数のルートからナチスが掴んだ情報は、ドイツ軍が撤退して攻めやすくなったスカンジナビア半島に上陸するという計画と、イギリス南東部からドーバー海峡を最短で渡れるフランス北部のパ・ド・カレーの海岸に大部隊で上陸するという計画でした。そのためノルマンディーの上陸作戦が開始された後もパ・ド・カレー上陸を警戒し続けて、ドイツ軍は部隊を動かさなかったのです。ニセ情報が大規模な兵力に匹敵する成果を上げた有名な実例です。

 戦争関連でもう一つ、キスカ島撤退作戦でのニセ情報を紹介します。
 アッツ島玉砕で孤立状態となったキスカ島守備隊は、包囲している米国海軍に気づかれずに潜水艦を使って撤退に成功しました。それに気づかず3万の兵力でキスカ島へ上陸作戦を決行したアメリカ軍は、無人の島での同士討ちや地雷で被害を出した挙句、日本軍医がいたずら心で残していった「ペスト患者収容所」と日本語で書かれた看板を発見。
 それを翻訳した米軍がまんまと騙されてパニックになります。
 ちなみに、翻訳したのは日本文化研究者のドナルド・キーン。長年の日本研究の末、東日本大震災直後に日本国籍取得と日本永住を表明されます。

映画の中のフェイクニュース

 コンピュータとネットが普及した現在、偽情報もネット関連が増えていきますが、このあたり実は映画が先行しています。平成5年(1993年)に公開された「パトレイバー 2」はその代表例です。まだインターネットが一般に普及していない時期の映画ですが、日本の航空管制システムがハッキングされニセ情報に航空自衛隊が翻弄される場面があります。この映画、オウム事件を2年も先取りしている描写が幾つもあり、今見てもなかなか凄い作品です。
 また平成19年(2007年)公開の映画「ダイハード4.0」では、テレビ放送がジャックされホワイトハウスが爆破される映像が流され民衆がパニックになります。これと同様の事件が、昨年の令和5年(2023年)5月にありました。

 アメリカ国防総省が爆破された映像がネットを駆け巡ったのです。911の再来かと騒ぎになりますが、ほどなくしてニセ情報だと判明します。しかしこの画像がネットを駆け巡った結果、数百の株価が大幅に下落しました。この偽情報は、株価暴落を演出するために流された可能性があります。大暴落した株を安値で買い集め、株価復旧とともに売りに出れば、短時間で巨額の差益を得る事が可能ですから。

作られた映像

 「百聞は一見にしかず」と言う言葉がありますが、最近のニセ情報は視覚から騙しにくるので注意が必要です。政府関連のビルは映画やテレビで繰り返し爆破されました。以前はそのような映像を作るには専門の職人の技術が必要でしたが、四半世紀前あたりからパソコンとインターネット、そして画像加工ソフトが一般的になり、誰もがフェイクの画像を作れるようになりました。それでも以前は、アイドルのヌード画像を勝手に作る通称「アイドルコラージュ」(アイコラ)と呼ばれるものを作るレベルの、たわいもないイタズラが主なものでした。

 ところが生成AIの登場により、状況が一変します。Photoshopなどの画像加工ソフトの場合、まだベースになる画像の切り貼りがメインでしたが、生成AIはAIが画像そのものを作り出します。違いを具体的に説明しますと、「ボクシングをしているローマ教皇」という画像を作るのに、以前ならボクシングの画像にローマ教皇の顔写真を貼り付けていました。
 なるべく違和感の無い画像を作るため、基になる顔や身体の画像の選定には気をつかいます。ところが生成AIの場合は、自分でローマ教皇とボクシングの画像をネットから学習して、全てイチから作り出します。ツギハギではありません。しかも実際の写真と変わらない映像が生成されます。実際、派手なブランドのジャケットに身を包んだローマ教皇のフェイク画像が昨年出回りました。
 ローマ教皇が派手な服着て街中出歩いているなんてのは、そんな状況あり得ないという観点から画像がフェイクだと判断できます。しかし著名な経済評論家や実業家が投資を呼びかける動画を見て、それがフェイクだと気づく事は難しい話です。しかも堂々とFacebookやツイッター(現・X)などに広告として出てくるわけですよ。勝手に顔と名前を使われて犯罪広告の道具にされてしまっている前澤友作氏や堀江貴文氏たちがFacebookなどに訴訟を起こしていますが当然です。広告料もらっている側に責任はあるはずです。

疑う習慣を

 前にも書きましたが「兵は詭道」です。戦争では互いに騙し合っているので、騙される方が悪いのです。ですが、平和な時代に他人を騙すことなくマジメに生活している人に対して、ニセ情報を与えて騙すのは、それがどんな意図があったにせよ間違いなく犯罪です。しかし、人は善意から、偽情報を信じ込んで拡散してしまう事もあります。古くはオイルショック時のトイレットペーパーの買い占めであり、最近では新型コロナに対して一部の薬品を過剰評価したり、逆に害があると過剰に非難したりしました。

 また、疑わしい情報が流れてくるのはネットだけはありません。大手の新聞社の記事やテレビの報道すら、事実と異なる情報を流している。これは西川口の現状を知っている埼玉県民ならご理解いただけると思います。
 今後、我々の前に流れてくる情報は、これまで以上に玉石混淆になるでしょう。凄い情報を初めて見て驚いたら、すぐに飛びつくのではなく、少し距離を置いて複数の角度から眺めてみるといいでしょう。いわゆる「騙し絵」は、特定の場所からでないと効果がありませんから。まず出始めに、このコラムに書かれた出来事が実際にあったかどうか、一つ一つ検証してみるといいかもしれません。

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