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特集・短期連載


――なぜいま田中角栄なのか――

『田中事件の本質とロッキード事件の真相』 再掲載の意義

昭和47年(1972年)7月の自民党総裁選は、日本だけでなく世界の耳目を集めたものだった。この総裁選で、田中角栄が佐藤栄作の支持を受けた福田赳夫を破り総裁就任「第64代内閣総理大臣」に就任した。田中角栄は当時「コンピューター付きブルドーザー」とあだ名されていた。首相になった田中は直ちに「日本列島改造論」に基づいた国内政策に着手すると同時に、外交も一気に加速させる。8月31日にホノルルでニクソン大統領との日米首脳会談を行った田中は、9月25日には大平正芳外相を伴って訪中したのだ。

戦後国交がなかった中国を日本の首相が訪問――この出来事だけ世界が激震した。
訪中したその日、田中は周恩来総理との第一回日中首脳会談を実現。翌26日には第二回首脳会談、次の27日には毛沢東主席を交えての第三回首脳会談、さらに28日も第四回日中首脳会談と両国首脳は互いに一歩も引かぬ交渉を続け、ついに9月29日、日中共同声明(日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明)が調印された。この共同声明で日本と中国は国交を正常化し、同時に日本は中華民国(台湾)と断交することになった。

それから2年後の昭和49年(1974年)10月、雑誌『文藝春秋』に立花隆「田中角栄研究」が掲載されるや、マスコミを挙げての田中の金脈問題追及が開始される。 
12月には内閣は総辞職して、田中角栄の886日間の政権は終了した。
昭和51年(1976年)2月、田中角栄は「受託収賄罪と外為法、外国貿易管理法違反容疑」で逮捕される。8月に保釈され、12月に行われた第34回総選挙ではトップ当選を果たす。
その後、大平正芳内閣・鈴木善幸内閣・中曽根康弘内閣では、自民党員ではない田中角栄が「闇将軍」として采配を振るったものだったが、昭和58年10月、東京地方裁判所は「懲役4年、追徴金5億円」の有罪判決を下す。
田中は即日控訴、そして同年12月の総選挙では22万票の圧倒的支持で当選を果たした―。
昭和58年10月の一審有罪判決が出た時点で、行政調査新聞社主・松本州弘は田中角栄と「ロッキード事件」について深い考察を開始した。
そして1カ月半後の11月末に『田中事件の本質とロッキード事件の真相』と題した小論文を公開したのである。当時、松本社主は心血を注いでこの小論文を書き上げたものだったが、取材・作成時間が短かったためか…「いま視ると些か言葉足らずの面大であった」(松本州弘談)と語っている。爾来33年、すでに多くの日本人にとって「田中角栄」「ロッキード事件」も遠い過去の話となった。誰もが忘れ去ってしまったと思われた。
 
今年2月の後半に読者の一人から行政調査新聞に電話があった。
「松本州弘社主が以前書かれた田中角栄に関する小論文をもう一度読みたい。送ってもらいたい」といった内容だった。30年以上前の話をなぜ今頃と思ったが、時にそのようなこともある。さして気にならなかった。同じような内容の電話がかかってきたとき、これは何かあると感じた。2人目の読者に事情を聞いてみると「石原慎太郎著『天才』を読んで、かなり以前に松本州弘社主が田中角栄とロッキード事件について書かれていたのを思い出したもので…」との答えをもらった。

石原慎太郎の新著『天才』は今年1月末に発売され、出版元幻冬舎は以下のような紹介文を載せている。「高等小学校卒という学歴ながら『日本列島改造論』を引っ提げて総理大臣に就任。比類なき決断力と実行力で大計の日中国交正常化を実現し、関越自動車道や上越新幹線を整備、生涯に30以上の議員立法を成立させるなど、激動の戦後政治を牽引した田中角栄(以下略)」(http://www.gentosha.co.jp/book/b9457.html)

著者の石原慎太郎は当時、自民党内で若手中心の「青嵐会」を組織し、そのリーダーだった(青嵐会は別名「石原派」と呼ばれた)。タカ派を自認する青嵐会は、自由主義国家との連携こそ国際平和に貢献すると主張し、ソ連(現ロシア)・中国とは対立し米英を中心とする西側諸国との、緊密な連携こそ重要と考えていた。
そのため石原慎太郎は中国と国交回復を行った田中角栄と対立した。田中と対立し、田中の政治を決して認めようとはしなかった石原慎太郎が、なぜいま「田中角栄は天才」と謳い、田中がロッキード事件で葬り去られたことを嘆いているのだろうか。本書の中で石原は「知り合いの米国人記者が、刑事免責証言を適用した日本の裁判に疑義を示していた」と書いている。
米国自身、田中を逮捕し有罪にした日本の司法に仰天したというところが本当だろう。
たしかにあの裁判は異常だった。いま、振り返ってみても異常である。
あの異常さをまだ忘れていない日本人が何人もいる。

「田中角栄に関する小論文をもう一度読みたい」と電話をくださった最初の読者も、石原慎太郎『天才』を読んで刺激された方だったのかもしれない。だが3人目に電話をくださった方は、そうではなかった。「なぜかとつぜん思い出して、また読んでみたいと思いまして」。
―さしたる理由はなく、田中角栄ロッキード裁判のことが気になってきた―この感覚は重大である。いま米国は大統領予備選で盛り上がっている。
目下のところ共和党ドナルド・トランプ、民主党ヒラリー・クリントンが戦いを有利に進め、最終的にはトランプ対ヒラリーとなりそうだが、結着が着くのはまだ半年以上も先のことなので、この先どうなるかはわからない。だが、ヒラリーが勝ってもトランプが勝っても、米国は日本に対してそうとう厳しい態度に出てくることが予想される。
 
大統領選が戦わされている間は、いつものことだが米国は外交がお留守になる。任期をわずかしか残していないオバマ大統領はレームダック(死に体)化し、国内に向けての発言が多くなり、同盟国を軽んじる発言が目立つ。それはいつものことではあるが、今回はその傾向が顕著だ。だが、そうした当然の傾向とはかけ離れて、米国はいま大きな転換期を迎えている。世界がそれを理解している。その原因は、米国経済の先行き不安と「世界唯一の警察」に君臨してきた米国の凋落である。たとえばシリア問題にしても、もはや米国の手には負えず、ロシアに丸投げしたのが現実である。そして何より大きなことは、米国が信用を失いつつある現実だ。

田中角栄が日中国交回復、日中共同宣言を成し遂げたとき、そして石原慎太郎率いる青嵐会が田中角栄と対立していたとき、日本中の大多数の国民は「ソ連・中国は悪、米国は善」と考えていた。それが普通だった。ほんとうに米国が『善』で、ソ連や中国が『悪』だと考えていたのかどうかは別として、新聞もテレビも、あるいは井戸端会議でのおばちゃんたちの発言も、原則的には「アメリカは正義の味方」だった。
日本の自主独立外交など、誰ひとりとして考えるものはなかった――田中角栄を除いて。
いま時代が変わっている。「アメリカは正義の味方」と考える者などほとんどいない。逆に、「米国が悪くてロシアが正しいのではないか」と考える者のほうが多数派となっている。それなのに安倍晋三政権は米国べったりの姿勢を続けている。
米国の要求に応じて対中、対韓、対北朝鮮政策を行い、米国が求めるままに量的緩和を行って米国経済を助けようとしている。この姿勢に国民が疑問を感じ始めている。米国に隷属する政治姿勢に厭気がさしてきている。米国と絶縁するというのではなく、他国とも等距離に置いて自主独立路線を歩むべきではないのか――そうした雰囲気があふれ始めている。
そうした漠然とした思いが、行政調査新聞社主・松本州弘が30年以上も前に公開した『田中事件の本質とロッキード事件の真相』を再度浮上させようとする形となって表れた。そう判断できる。
以下にこの小論文をそのまま掲げようと思います。ただしこの論文は昭和58年11月末に書かれたものであって、その後いっさい手を加えておりません。
それをご理解の上お読みいただければ幸いです。




田中事件の本質とロッキード事件の真相

本稿は行政調査新聞社社主・松本州弘が昭和58年11月30日「田中政治とロッキード事件」を考察し、公開したものです

― は じ め に ―

本年10月12日事件判決は、われわれに多大な衝撃をもたらした。
政治的立場を異にする総括的な意味での在野政治勢力ごとの受け止め方は複雑多様であったが、一連の田中問題に頭初から割り切れないものを感じていたわれわれは、判決を機会に改めて田中政治と人間田中を吟味した。田中政治に対し、従来の在野政治勢力が取ってきた立場は総じて批判的だった。
(一)日中国交正常化は、日本が共産主義集団と手を組むことを意味し、(二)日本列島改造政策は国土の乱開発と狂乱物価を招いた。(三)金脈問題は政治を私欲に利用した典型であったし、(四)ロッキード事件は、一国の総理が外国の企業から政治献金を受取った事件と認識した。在野政治勢力の大部分が唱える反田中政治の反対理由は以上であった。しかし、在野政治勢力の一人であるわれわれの集団は、一般に伝わる反対理由に反田中政治勢力とマスコミの関与を感じとり、額面通りの受け止めかたはしなかった。

いわば試行錯誤の田中認識のうちに10年余りの歳月が過ぎた。
もやもやしたわれわれの田中認識に、一大覚醒をつきつけたのが10・12判決だった。
故にわれわれは立ち上り田中政治の上面でなく、眼に見えない部分を研究した。迷いに迷い試行錯誤を続けた、われわれの予見が正しかったことをこの研究は教えた。
しかし本稿は、研究のすべてを発表するに足りる時間の余裕がなく、ダイジェストであることをお詫びしておかなければならない。

以下は、われわれが最大の努力をはらって解明した、眼には見えなかった田中政治の全容の一部である。われわれは吟味の成果を土台に在来の田中認識を一掃し、断固田中支持の立場を確立した。激動する現社会の現状に未来社会は別としても、いま最も必要なのは、田中政治と田中的政治家である。筆者はここに田中政治の愛国的・救国的全容を明らかにして、マスコミの害毒に侵されて未だ迷える一部国民の皆さんに覚醒を促す所存である。

1:田中政治と田中の慧眼

まず、田中政治の足跡を研究したものをダイジェストしてみよう。
田中政治の驚異的な洞察力は田中氏が総理に就任する以前、既に国際政治の場で発揮されていた。自民党幹事長時代の田中氏は、天与の超人的慧眼で世界を睨んでいた。
世界の平和を只一筋に念願する彼は、東西両陣営の相互理解を達成する目的で世界の常識を破り、犬猿の仲以上の角づき合いを演じていた米国と中共の接近工作の大芝居を打った。名古屋に来た米国の卓球選手を北京に送り、史上初めて米中親交の舞台演出を敢行、その成功を機に次はキッシンジャー大統領補佐官と周恩来中共首相の蜜月会談を工作した。世に言うピンポン外交の始まりで、外交の成果は全世界の陣営に雪融けムードを醸し出した。機を見るにかけては世界第一級の手腕をもつ田中氏は、国際外交の常識を無視して「一挙ニクソン米国大統領と毛沢東中共主席の会談」を実現した。
田中政治の特徴は独断と専行にある。だが彼田中の独断と専行は、単なる思いつきや場当り的な政治でなく、深く潜行した思慮と頭脳コンピューターで得た回答の政策化だった。

世界の大勢・国内の大勢は、この時期に米中が握手するなど夢の中の出来事と思っていた。然るに田中氏は断行し実現した。田中氏がこの時を選び、世界の緊張を融和の方向に導いた主因は、正に田中氏の外交的慧眼と国際情勢を見抜く洞察力にあった。
中共の核武装・文化大革命後に起こる中共内部の政治変動の予測は、田中氏の主要外交課題を中共に向けさせた原因だった。
中共とは別に、西側が東側と融和を計らねばならない原因が他にもあった。
第三世界・石油産出国の動向も、当時の国際情勢を見る上で重要な課題だった。
田中氏の慧眼はこの時既に、東西両陣営が一丸となって第三世界の石油攻勢に対応する必要を読んでいた。そのために田中氏は、時期尚早の批難を覚悟のうえで米中接近の脚本を練り演出した。初期の政治目的を達成した田中氏は、今度自らが首相となるや、間髪をいれず日中国交正常化に取り組み大成功を納めた。
ピンポン外交から発展した米中の接近、米中接近を足場にした国際緊張の緩和は、第三世界の無謀な石油戦略の出端を挫くと同時に、国際緊張を利用して世界征覇を企むソ連共産主義集団の機先を制する役割も果たした。
 
外交の大役を果たした田中政治は、政治の全力を投入して日本列島改造政策の実施に着手した。普通、列島改造政策は、経済の拡大と景気浮揚の面からのみ見られ勝ちである。このため政策の実施中に発生した物価パニック、狂乱物価の責任のすべてを列島改造政策に押しつけられてしまった。
田中政治が列島改造政策を敢えて強行した背後には、破産寸前の日本経済を瀬戸際で立ち直さなければならない問題が控えていた。池田・佐藤両内閣が推進した所得倍増政策は、ニクソンショックで大打撃を被り、もうどうにもならない局面に立たされていた。田中政治の大目的は、昭和恐慌・鍋底不況といわれた不況から経済を救済し、再び活気を与えることだった。「救国的国際政策」、これが新発足した田中内閣に課された至上問題だった。列島改造政策は大成功し経済は再び蘇り、企業も国民も共に喜び合った。
生活水準の驚異的な向上に浮かれた日本経済に、海の向こうから冷水が浴せられた。
第一次石油ショックの到来である。世界中が狂乱物価に踊らされ、その余波は日本経済にも飛び火し、とめどもない物価の高騰が日本中を見舞った。

田中内閣の救国経済政策は、海の向うの出来事が原因で途中挫折のやむなきに至った。しかしあれ程のショックにもかかわらず、日本経済は破綻も破滅もせず耐え抜いた。
その理由はなにか?
それは、田中氏が自民党幹事長時代に手を打っていた第三世界対策と田中・ニクソン盟約によるニクソンショックの緩和策、さらに列島改造政策によって力を備えた日本経済の実力だった。国際政治・国内政治とも上面だけでは何も判らない。真の政治は表に出ない裏側にある。われわれは、田中政治の再吟味でこのことを強烈に知らされた。
マスコミや国民一般は政治の表面に出た一部分、それも都合のよい部分だけを取り出して田中政治を批難する。ニクソンショック・石油ショックに続く狂乱物価の攻勢に耐えた日本経済の秘密は、田中政治が政治の表舞台に出さなかった部分、要するにコンピューター頭脳の緻密さをもって国家百年の大計で考え抜いた政治的貢献によるものである。われわれは、田中内閣の性格を殉難・殉国の内閣と評価してやまない。

2:金脈問題とロッキード事件の真相

金脈問題とロッキード事件は、決して無縁な事件ではなくその底流に流れるのは、三木元首相を首魁とする反田中政治勢力の田中追い落し謀略である。
彼らは金脈問題で田中内閣を潰し、ロッキード事件で田中角栄個人を血祭りにあげるべく画策し、作戦を押し進めた。どこまでも卑劣な彼らは金脈問題でマスコミを味方に引き入れ、反田中・田中壊滅の一大キャンペーンを張り田中内閣を潰した。
金脈問題で予想を上回る成功を納めた彼らは、続いてロッキード問題をデッチあげ反田中の攻勢を一段と強化した。金脈問題での反田中活動は、反田中政治勢力とマスコミ勢力の連合戦線であったがロッキード事件は、彼らに検察と裁判所が参加して大連合戦線を形成。田中攻勢に一段の拍車がかかった。彼らの謀略を分析すると次のようになる。主流の反田中政治勢力は、自民党内の反田中勢力・野党勢力と結託する一方で、米国謀略機関とも情を通じて政治的な「田中打倒作戦」を展開した。
他方マスコミ勢力は反田中キャンペーンを全国的に展開、闇雲な世論をデッチあげ田中角栄氏個人を私刑にかけつつ、世論を武器に検察・裁判所を牽制、法律を無視した態度を取るよう強要した。反田中勢力の意を受けた司法当局は、前例・慣習を無視した不当な「捜査と起訴」で反田中勢力とマスコミのご機嫌を窺い証人証拠調べの段階では、ことさら検察側の主張を採用して彼らに迎合する態度を示した。また結託した海外勢力は、法律的になんの値打ちもない「属託尋問調書」なる代物をわざわざ日本の検察に送り届けて、従順の姿勢を彼らに示した。

10・12判決は、以上に述べた反田中一大連合戦線の成果を世間に示す大デモンストレーションだった。法秩序を破り道理を逆なぜした10・12の判決は、日本の裁判史を土足で踏みにじるものである。被告の真実の叫びを一切聞かず、ただ世論だけに顔を向けた裁判所の姿勢は、法の公平原則から見ても容認できるものではない。
幸い日本の裁判制度は三審制で、田中角栄氏は未だ無実青天白日の人である。
内閣潰しのための金脈問題・角栄潰しのためのロッキード事件一切は、反田中政治勢力の謀略とマスコミの加担によってデッチあげられた事件である。
彼らの行為行動は、民主主義の原則を逆利用して起こした国民一般に対する挑戦と反逆の所業である。この事実も知らず、ただ「倫理だ」「正義だ」「世論だ」の言葉に踊らされて、彼ら一党の策略に同調する者は彼らと共に共通の地獄に落ちなければならないだろう。
国民一般はこの際一大覚醒して田中批難に馴らされた眼を、反田中勢力・私刑のマスコミに向け直さなければならない。

3:新田中政治への期待

所得倍増政策と日本列島改造政治によって達成された日本の経済大国化は、政治の指導とともに国民の意識がある一点に集中されたからである。その一点とは、国民すべてが田中角栄的に固まったことである。各人の顔形は違っていても物の考え方行動のしかたは、全て角栄的なものになった。一億総角栄化といっても決して言い過ぎではない。いまここで角栄を潰したらどうなるか。要するに一億総玉砕である。例を一つ挙げよう。
列島改造時代の国民は、老いも若きも男も女もおしなべて毎日の生活を喜々と送った。
しかし、時代が三木・福田・大平の時代になると、人びとの顔色は暗くなり神経症を訴える者が激増した。他方生活の方は所得も伸びず物価もあがり、日々の生活は苦しくなるばかりだ。正直なところ…国民の日々の生活に政治は直結していない。
腹に一物も二物も持った政治屋共が「やれ倫理だ、やれ政治浄化だ」と騒ぎ回ることなど雲の上のできごとにすぎない。ざっくばらんな話し、倫理の判が押された千円札より、いささか手垢に汚れていようとも一万円札の方が良いのは子供でも理解できる。国民が真に求めているのは田中角栄的な政治、要するに生活が即豊かになり、みんなが神経質に明日を考えなくても済む庶民政治である。田中を潰したら、日本民族も潰れてしまう。いまの政治の大問題はここにある。われわれ国民は、千円札を有難がる政治より、一万円札を有難がる政治を選ぶ権利がある。
そのために国民一般は、上級審で田中の無罪を勝ち取り、田中を再び日本の指導者に据えなければならない。天与の才能に恵まれた田中元首相は、国民の「本音」の願望を必ず叶えてくれることであろうことを、筆者は確信してやまない。

4-1:マスコミの専制主義

前章までは、田中元首相と田中政治のあり様を在野政治勢力の立場で解釈し、その結果として従来われわれが田中的なものを誤解と独断のうえに、構築してきた構図をあきらかにすると同時に10・12判決を契機に、われわれにおける田中政治認識が180度逆転した経過をダイジェストで述べた。後章は、われわれの立場、すなわち在野政治勢力の立場から離れて、より一般的な視点から田中元首相を検証してみようと思う。
このことは、かつてわれわれが犯した「誤解と偏見」にまつわる過ちの道に、一般国民を導かないための道しるべに役立てる意図が働くからである。ロッキード事件は10.12の判決で終わった訳ではない。むしろ、ロッキード事件の出発は、判決の日から出発するといっても過言ではない。ロッキード事件を取り巻く環境は、単に被告人が無罪であるか有罪であるかを問う前に、多くの社会問題を提起した。その一つに最近のマスコミがある。権力は大きくみて三権に分類される。一つは立法権で二つ目は司法権、それと行政権である。

民主政治の一般は、以上三つの権力を不可分的に調整したものから成立っている。
政治的意義の権力とは「権力は力なり」に集約され、力の行使方法に政治の善悪がある。「情報化社会」以前の民主政治は、三権に分岐された権力を相互調整することでうまい具合に運営された。情報の発達は、かかる従来の政治体系に変化を要求し、情報自体が一つの権力を獲得しようと動き出した。すなわちマスコミが第四の権力者になろうとしていることである。政治にしても、また経済・社会にしても、一つのものが強力な位置を占めようとする際は、その強力・強大を押える力がなんらかの形で作用するのが従来のパターンだった。

ものごとには、すべて表と裏があり表裏相対性原理がものごとの調整を計る。しかし、昨今の情報化社会は情報そのものの暴走に対して、それを抑制する機関機能がない。かかる現実の「情報化社会」のあり様を、単に情報化時代の過度期として片付ける訳にはいかない。
アメリカの社会学者アーサー・ミラーは「情報は権力なり」とマスコミを定義し、情報機関・情報産業の進むべき方途を示した。すなわち、マスコミそれ自体が権力としての性格をもっている。したがって一度マスコミが暴走すれば、それは権力の乱用となり社会に誤認と偏見をまき散らして、無用な混乱を人びとに与えるというものだ。さらに、ニューヨーク・ワールド紙の創刊者でピュリツァー賞の発議者であるピュリツァーは、権力のあり方を(一)公共奉仕(二)公共道徳(三)文学の振興(四)教育の発展に集約規定し、この原則に沿わないマスコミは単に社会の「扇動者」にすぎないと決めつけた。自らの使命に尽力するマスコミは、社会の奉仕者・正義の守護者になり得るが、この原則に反するマスコミは社会の「撹乱者」・「扇動者」だというのである。権力は力なり、情報は権力なりといわれる通り、たしかにマスコミの権力化は情報機関が力を自分のうちにもつことである。

前述したように、政治に示された権力は常に両刃の剣である。それが道理に沿って行使されれば社会に多大な貢献をもたらす一方で、非道理に用いられれば社会一般に混乱をきたし国民生活を害し毒するのである。
前述したアーサーミラー・ピュリツァーその他多くのマスコミ関係者が、19世紀末から20世紀初頭にかけてマスコミの権力化とそれに関連してマスコミの使命・マスコミの役割など、マスコミ権力抑制の必要を唱えたのは当時代すでにマスコミのもつ危険性を予見していたからである。政治とマスコミとの関係について見れば19世紀末のアメリカは、将来のマスコミの公害・マスコミによる個人被害の発生を予想し、憲法修正を含むマスコミ対策を実施している。

主な政治的施策は憲法の10ケ条修正項目に含まれ、合衆国憲法修正箇条に成文化されている。いわゆる「権利の章典」と呼ばれるもので内容の要旨は、マスコミの非権力化を規定し同時に、個人の権利がマスコミから保護されることを明文化したものである。
情報先進国であるアメリカは、マスコミの権力化という問題に最初に直面した国である。このため「情報の自由は民主主義政治の原点である」とマスコミの性格・立場を保障する反面で個人の「自由主義」を擁護するため厳しい規定による規制を行っている。アメリカに対して日本の情報対策には、未だ天地の開きがある。
アメリカのマスコミ規制が、主に個人のプライバシー権を保護しているのに対して日本のマスコミ規制は、単に「社会の常識」に準拠することが大である。もともと常識に確たる規定秩序がある訳もなく、マスコミがこれこそ常識だと主張すればマスコミの権力は「無法」的に拡大される。やや専門的になるが日本のマスコミ規制に関する法文を挙げれば、「刑法230条の名誉毅損条項、230条2の事実の証明項目と231条の侮辱についての項目」以外に「刑法」の分野に法文はない。
しかし以上の法律はマスコミ規制のため特に設けられたものでなく、その由来は明治憲法によって定められた「一般的」な名誉に対する罪の領域から出るものではない。
このことは、現在の日本にマスコミを取り締る法律が独立して設けられていないことの裏返しで、今日第四の権力として巨大化しつつあるマスコミは、何等の規制も受けず勝手気儘に行動していることになる。
両刃の剣であるマスコミの立場は、権力をもつが故に自らの規制と国民の監視を受けなければならない筈であるが、日本における今日のマスコミは自省力をもたず、さらに国民の監視を完全に否定している。特権階級の否定は、マスコミの絶対使命である。しかし現実のマスコミは、自分自身が特権階級になろうとし既に成り上っているのだ。
ロッキード事件は、現在のマスコミを考えるうえで貴重な問題提起を示した。
この際国民一般は、アメリカの例に倣って「日本のマスコミ」を再検討してみる必要がある。それは自分自身がマスコミの被害者・犠牲者にならないための安全保樟につながる重要な問題であるからだ。

4-2:調査報道と私刑

マスコミはロッキード事件報道を通じて一つの言葉を造語した。調査報道の名詞である。もともとマスコミの役割は、社会生活に必要なマスコミが「媒体」となって一般大衆に伝達することである。マスコミが自分の意思で情報を作り受け取る側の考えかたまで、自由にコントロールしようなどとするやりかたは本来の役割ではない。
マスコミが正しい道理に従うときは、マスコミュニケーションの担い手として社会に奉仕する役割に適うが、道理に外れて「自らの意図」を強調するとき、その立場は使命に反逆したものとなる。世界を破壊に導いたナチスドイツは、宣伝相ゲッベルスを中心に猛烈な情報生産を行って、ドイツ国民を戦争へ駆り出した。
彼ゲッベルスは、もともとマスコミ人でもジャーナリストでもなく生粋の学者、それも哲学者だった。ハイデルベルグ大学で教鞭をとる彼にヒトラーが声をかけた狙いは、彼に情報を生産させるためで、そのために哲学を専攻する彼は「無実から有実の情報を捏造する」役割に最も適していた。
ナチスの特徴は宣伝にあった。その理由は政権機構の中にゲッベルスがいたからに他ならない。野獣に優る慧眼をもったヒトラーは、すでにこの時点でマスコミの重要さを認識していた。ゲッベルスによる哲学的・フロイト的・レーニン的な巧妙かつあくどい宣伝作戦は、ドイツ国内だけでなく西欧全域を恐怖の坩堝に投げ込んだ。
話が少し脇道に逸れてしまったが、要はマスコミの力はゲッベルスに見られる如く、一歩誤れば社会に混乱を生じるどころか国家民族さえ破滅に導く恐怖をもっているということである。ロッキード事件に関する全般の報道も、その根底にあるのは、ゲッベルス的な情報の捏造でその突破口は調査報道である。
ここで調査報道の一例を引用しょう。
ロッキード事件丸紅ルートの第1回公判が開始され、191回目に全審理の結果が裁判所によって明示された。すなわち判決の言い渡しであり、10・12の判決だった。しかし、朝日新聞の11日付朝刊は、裁判所の判決に1日先行して「田中有罪」の記事を載せたのである。
いうまでもなく被告人を裁くのは裁判所であって、それ以外の者に被告人を裁くことは許されていない。これは法治国家のイロハであって、その後の法律はすべてこの原則から出発する。いやしくも社会正義を言論の拠り所とする新聞社において、この道理を知らぬ筈はない。だが朝日新聞は敢えてこの道理に逆らってマスコミの秩序を破った。

そもそも公判続行中の報道については社会に与える影響、裁判に与える誤解と予断への影響から報道の範囲は「公共の刑審に関する事実と公益を図るための目的」に限定、また制限されなければならない。続行中の裁判について外野席からガヤガヤ騒ぎ回ることは、それ自体裁判所の権威を損なうもので、社会常識から見ても許されるものではない。しかるに朝日新聞は言論界の常識を破って、裁判所の判決以前に朝日新聞の「判決」を発表した。
「判決」した朝日新聞の主張に、一般読者は田中有罪の「心証」をもった。そして朝日新聞の世論調査とする国民の80%が、田中有罪を想定している状況によって事前判決したのだという。心証は裁判官の重要な要件に所属するものであるが、国民、さらに一般読者は新聞社の心証など一切必要としない。

読者が新聞に求めるのは事実だけの記事で、新聞社の勝手な心証は有難迷惑である。また、朝日新聞の唱える国民の80%が望む「判決」にいたっては、何をかいわんやである。事件について最大公約数的に知ることのできるのは裁判所である。建前を措いて本音をいえば実のところ一般は何も知ってはいない、知っているとすれば少なくともそれは報道されたことだけである。
報道のもつ宿命は、ことの良し悪しを別にして報道自体がフィルターの役目を果たしてしまうことである。このフィルター的機能は報道機関の性格を決定づけるもので、一つの事実が多くの報道機関によって報道されると、報道される事実が報道機関の数に比例して多角的になる原因である。したがって、特定のマスコミが意図して田中有罪の情報を公判中に流せば、事実を知らされず、ただフィルターをかけた情報だけに接している一般読者は「事前」に有罪説を支持しても当然である。朝日新聞による80%の国民が田中有罪を信じている根拠は、いかにも朝日新聞的な理由によっている。

若干専門的な話に触れさせて戴くが、最近新聞協会が行った調査データによれば、国民の新聞に対する信頼度は「無条件に信頼する」「一応信頼する」を合せて55%だ、残り45%は「信頼しない」ではないが、「一部判らない」を除き新聞を信頼していない。このデータからして、朝日新聞のいう「80%」の数字は、どこから導き出したものであろう。
新聞を信頼する55パーセントから引き出した80%は、すなわち44%にしかならない。
「一部判らない」を除いても、朝日新聞的な言い分にしたがえば、田中有罪説支持者は44%で国民の半数を割っている。さらに、世論調査に示されるデータにも、多くの疑問が残されている。
統計学による世論調査の対象者は、3000人である。3000人の意見が国民の意見を代表しているというものである。たしかに、統計学にいう根拠にはそれなりの理由があるかも知れないが、要するに、その3000人をいかにして選ぶかである。方法としては無作為抽出の手段もあるが、この手法にまったくの公正を期すことはできない。したがって、新聞社が主張する各種のデータは、いずれもこのような不確実な根拠によって示されている。
前出したナチスの宣伝相ゲッベルスは、極めて朝日新聞的な方法を駆使して、情報天国ドイツ・宣伝王国ナチスを構築した。新聞社が社会的公正の使命を放棄して、自身の意図を世論化する最大の武器は調査報道であり、これに優る手段はない。

先に新聞的フィルターの宿命について述べたが、調査の宿命的条件についても若干触れてみよう。調査の技術的宿命は、主客の混同と対象に対する偏見である。調査を行う者にとって、調査目的そのものに無偏見で立ち向うことはできない。それはあるものが調査の対象となったこと自体「何がある」がまず前提となり、続いてその何かを暴くことが目的化される。
「田中は確かに有罪だ、よしそれなら俺が有罪の根拠を握ってやろう」これが調査報道に従事する者の第一偏見である。同時に、これが新聞社の総意となった場合、この偏見は正義の証しにもなってしまう。ある事実に直面したとき、無偏見の者には、ごく当り前に映っても、偏見をもつ者はその当り前が巨大に見える。
最近、泰野法相が「マスコミのリンチ」発言をして世間を騒がせた。この例もマスコミの現状を知る者にとっては、ごく当り前の発言であっても、田中擁護派としての泰野視角に凝り固まった者にとっては、国民感情を逆なでする暴言と聞えるだろう。

調査をさらに分析すれば目的が白の証明を求める場合と、逆に黒の証明を求める場合とでは、調査の方法から点と線を結ぶ調査テクニック・証言者・証拠資料の選びかたまで根本から違ってくる。通常裁判所の審理は白から出発し、公判の過程で白黒を峻別するのを原則とするが、調査の過程は逆方向に進み、やむをえない場合に限り白を表に出すに過ぎない。周知の通り裁判の原則は「疑わしきは罪せず」であるが、調査の原則はこの法則を逆であるとする。したがって、調査報道の言葉が意味するものは対象をトコトン追い詰め、無理矢理何かを引き出すことにある。
調査報道が単に社会の一現象に向けられた場合、受け取る側に興味ある情報の提供を可能にするが、これが犯罪報道となった暁には被害者はいうにおよばず社会一般、終には裁判にまで影響を波及する。
「調査報道にやり過ぎはない」と口にするのは担当の記者たちだけである。
彼らにとって、彼らの行動がいかに人権を蹂躙するものであっても、また社会の公序良俗に反するものであろうとも、彼らは常に喰い足りなさを感じている。

マスコミの強引な取材活動を支える法的根拠は、1969年に出された最高裁大法廷の判例である。最高裁は福岡事件の上告審で、マスコミの取材権を拡大解釈して取材権の法律的合法性を認めた。上告審そのものはマスコミの敗訴となったが、付帯意見で取材の自由が大幅に承認された判決だった。しかし、この判決で示された取材権は、現在の「なにがなんでも式」の取材まで認めたものではなく、道理に適った範囲内に限定している。もちろん当時は、調査報道などという取材のケースはなかった。
だが今日のマスコミは、福岡事件の最高裁判例が恰も今日の調査報道まで合法化しているものと誤認し、ロッキード事件報道に見られるが如き取材と報道を正当化している。
朝日新聞の「10・11判決」は確かに調査報道の所産かも知れない。だが「判決の根拠が」前出した心証と国民80%の支持だけでは、余りにも大新聞の名前が泣くというものである。
冒頭に述べた如く、新聞に代表されるマスコミがいかに権力化しようとも、マスコミの役割は情報の伝達であって、裁判所の代理機関ではない。そのマスコミが裁判所の決定に先立って判決の断定を行うなどは言語道断であり、社会良俗に反逆する行為である。

ロッキード事件判決に際して、裁判に予断を与えかねない報道の是非は、多くの識者によって論じられた。その是非の結論は、上級審によって示されるのであろうが、ならば調査報道によって傷つけられた田中元首相らの人権は、どの機関によって回復されるのであろうか。
調査報道の最たる被害者田中元首相は、「6カ年半にわたるマスコミ・ジャーナリズムの状態は、公人としての私にたいする社会的制裁の一つと考え、精神的苦痛にも耐えてきたし、これからもまた耐え忍んでいく覚悟だ。」と判決後の「所懐」で語っている。
正真正銘、田中元首相の有罪は確定した訳ではなく、上級審における無罪の確率は充分高い。田中所懐もいう如く、6年半におよぶマスコミの田中いじめは壮絶を極めた。とくに朝日新聞の田中報道は、調査報道の手段を駆使して田中いじめを敢行し、社会悪のすべてを田中元首相に転嫁してやまなかった。調査報道の行き着くところは、報道される者への私刑である。20世紀の現代マスコミが自身の中にもつ魔女的サディズムを駆って特定人物を私刑にかけるあり様は、結果において自身がマゾヒズムに堕ちることを意味している。

4-3:田中元首相とマスコミ

「故なくして、人を謗る者は奈落に堕ち、故あって、人を謗る者は地獄に堕ちる」は、古人の教えである。朝日新聞・毎日新聞その他マスコミによる田中誹謗は、前句を借用して理解すれば、故あって田中を謗る部類にはいる。
朝日主導によるマスコミ界は過去10年間、金脈問題・ロッキード問題で終始一貫田中元首相を攻撃し続けてきた。そして、その一里塚が10・12判決だった。
「金脈」問題がどのような経過を辿り、田中内閣の命脈を断ったか知る者は多い。
庶民宰相として華々しい船出を飾り、多くの国家的事業を達成した田中内閣は、プロの政治家を自負し政界に君臨する三木・福田両元首相らにとって決して愉快なものでなかった。良くも悪くも政界は両頭三面、神出鬼没の世界である。一人の政治家・一つの内閣を葬るなどは、その気になれば易いことである。
権謀術数にジャーナリズムが加担すれば、この人間社会でできないことはない。
人の欠点は、その人の長所のなかに含まれている。経済に強い田中内閣は、同時に欠点を経済のなかにもっていた。列島改造政策の善政部門が逆に、田中元首相の個人攻撃に利用されたのである。大人物の条件は肥大小心である。大きな仕事をなす人物は、わが事において小心でなければならない。
思わぬ失策、まさかと思われる小事が結果的に命取りとなる。金脈問題は、田中元首相のまさかの小事、思わぬ失策がマスコミに取りあげられて大きな問題に発展したにすぎない。
金脈問題の結着は、文字通り「竜頭蛇尾」「大山鳴動して鼠一匹」も出ずして終った。もともと何もないところに煙を立てた事件である以上、鼠一匹も出なかったことは当然である。だが、金脈問題の根は金脈事件の一部始終にあるのではなく、行政の最高機関である内閣を総理総裁の個人攻撃によって葬ったことにある。政争は政策でなければならない。

権力闘争に「第三者勢力のマスコミ」を引き込み、「マスコミの調査報道」を利用して対立者を抹殺するやりかたは、もはや政治でなく世俗の戦いである。
権力に利用されるマスコミの恐怖は、前章でもたびたび触れたが、金脈問題にみられる三木・福田、それと彼らに同調する政治勢力および意図をもったマスコミの結託は、この10年間の政治を国民から切り離した原因である。
しかし飽くなき彼らは、金脈問題で田中内閣を葬った余勢を駆って、今度は田中元首相を葬るため「ロッキード事件」をデッチあげる悪辣振りを発揮した。
金脈問題で第二次田中内閣をお釈迦にした反田中勢力の主役は、三木・福田元首相を中心にした政治勢力で、これに利用され協力したのがマスコミ権力と、これにいやしく便乗したのが野党である。これに対してロッキード事件は、当初こそ政治勢力が主役の役割を果たしたが、初公判が開かれた以後はマスコミ勢力が主役の座にのぼり政治勢力は影に回った。
主役の交替は、政治勢力の残忍・破倫理・狡猾のイメージを国民の眼から隠蔽するためで、両事件を通して裏側に蠢くのは隠惨な性格をもつ政治勢力である。
両勢力の共通目的が田中打倒で一致していることは、政治勢力の動きとマスコミ勢の動向から明らかに読み取れる。彼らが取りあげる金脈問題も…またロッキード事件も…要は、田中元首相を攻撃するための一材料にすぎず、若し金脈・ロッキード事件がなかったら、彼らは別な事件をデッチあげたに相違いない。

金脈問題・ロッキード事件を捏造した彼にとって、架空の事件を「創造」することは容易なことであって、政治の世界にはそのような材料は無数に散在している。
政治的謀略を武器にする政治勢力と、調査報道を武器にするマスコミ勢力が手を組めば、いまの社会は、政治・経済を含めて格好な狂言まわしの舞台となる。
国民にとって、田中金脈問題・ロッキード事件から学びとるものは大きい。 国民一人ひとりは、両事件を単に田中元首相個人の問題と見ずに、社会全体の問題として受け止めなければならない。幸い、両事件とも庶民生活と直接関係のない場所で起こった事件である。だが、このような事件は、庶民生活の場でいつ起きても不思議ではない。

特定権力者による個人攻撃…マスコミによる個人私刑…等々の事件は、一見無関係と思われる庶民生活の場にもたやすく入り込んでくるかも知れないのである。
地域社会、職場そして家庭のなかにさえ、その原因は潜んでいるといっても過言ではない。被疑者にされた人、その被疑者をもつ家庭、それを取り巻く縁者は、ひとたび調査報道の餌食になったら最後、徹頭徹尾何もかも破壊し尽されてしまうことは、日常マスコミ情報に接している者が熟知している通りである。
このような場合、その被疑者が白か黒かは問題外で田中元首相に見られる如く、例え真実が「無罪」であっても大衆という名の権力とマスコミ権力は合体して、まず社会的な私刑を加え、次いでマスコミの致命的な徹底した私刑が加えられる。
被疑者が心血を吐露して真実を叫んでも、家族が生命を賭して無実を叫ぼうが、マスコミの手によって既に有罪の「判決」を下された者の叫喚は、あたら引かれ者の小唄の値打ちしか持ち得ない。金脈問題やロッキード事件が、国民に示した恐怖はここにある。
いま田中元首相が絶対無罪を叫んでも、国民の44%は疑いの耳でしか聴かない。しかし、田中元首相を特別な人と見るのではなく、同邦の一人として受けとめるならば、田中元首相の無罪主張を謙虚に聞いてもしかるべきである。
本章を締めくくるに当たって、柏木元日弁連会長の意義ある一文を借用記載する。

「……犯罪事実に関する報道は、巨大化したマスメディアの手を通じていく千万の人びとに対し、起訴前においてすでに罪を犯した悪人として印象づけ、その社会的地位も名誉も奪いかねない。一方被疑者の無実の訴えや弁解は同程度の強力な手段をもって社会に知らせる方法はなく、人違いであったり証拠不充分なために不起訴になった場合においても、有罪者としての烙印は消し難い……」 ( 著者「人権とマスコミ」より引用 )

5-1:10・12判決の意義

振り返ってロッキード事件の経過を検証すると、そこにはロッキード事件でしか見ることができない数々の疑問に突き当たる。米上院多国籍企業小委員会で、コーチャン・クラッター両ロッキード社関係者が証言したのは、51年2月4日だった。この証言を受けて、検察庁・警視庁それに国税庁が合同調査体制を組んだのが2月24日、そして5ケ月後の7月27日には田中元首相を検察庁が逮捕している。

事件発生からわずか5ケ月後に中心人物を逮捕するなどは、従来の疑獄事件に見ることのできなかった素早い対応である。とくに、コーチャンの証言の直後、検察・警察・国税が一糸乱れぬ動きを示し、20日後には合同調査本部を設け数百人におよぶ捜査員を定めて捜査に着手している。
従来の疑獄事件捜査は、事件発覚から中心人物の逮捕まで相当の期間を必要とした。
また特別合同捜査本部の設置は、各庁の意見調整に手間取り短時期内の設置はできなかった。ロッキード事件の捜査では数々の例を破って、あたかも予定された行動の如く検察・警察・国税が動いた。しかも事件が表面化したのは、国内ではなく多くの外交的枠組の違いがあるアメリカだった。

国内の疑獄事件でさえ事件の表面化までに相当な期問を要するのに外国に端を発した事件が、このような短期間に国内の事件に発展した理由は常識的にみて理解できない。
理解できないのは、捜査側の素早い対応だけではない。普通、疑獄事件捜査は、検察・警察の合同捜査で進められる。捜査の記録は検察・警察ともに二部ずつ作られ、それぞれが各一部をもつのが習わしである。だが、ロッキード事件の捜査については、捜査の総括資料が警視庁にないという。警視庁にあるロッキード事件の資料は単なる事件概要資料だけで、捜査二課を中心に140余人の捜査員を投入して行ったロッキード事件捜査の総括資料が警視庁にないというのである。
何故か…。その理由は部外者の知るところではないが、釈然としない多くの疑問を感じる。ロッキード事件で逮捕された被疑者は総勢18人である。
その内訳は、東京地検の逮捕14人、警視庁の逮捕は4人である。疑獄事件の場合、中心人物の逮捕は地検が行っているが、その他の被疑者は概ね警視庁の担当である。
にもかかわらずロッキード事件については「合同捜査」の先例を度外視して、18名中14名までが東京地検逮捕である。捜査の段階と同じく、被疑者の逮捕もなぜか検察中心に進められた。捜査・逮捕で補助役に回された警視庁は、その他のケースでも無視され続けた。
捜査続行中、コーチャン証言に関係したアメリカ側の秘密資料が検察側に届けられた。届けられた資料について、警察側はツンボ座敷におかれた。
不公平な扱いに業を煮やした「土田警視総監が検察に異議を申し入れた結果」2週問後、検察は秘密資料の写しを警察側に渡したが、資料の重要部分700ページがカットされており、資料からアメリカ側の秘密事項全般を読み取ることはできなかったという。
検察・警察の対立を恐れた警視庁は、このことについて関係者に緘口令を敷いた。発覚から「捜査着手・捜査から捜査の続行・起訴」になるロッキード事件の全般は、まったくの異例づくめだった。終始検察中心の捜査で重要捜査については警察側の介入さえ拒否し、捜査内容の外部流出を検察は極端に恐れた模様である。
捜査の段階で「被疑者のしぼりこみ・関係者の一人ひとりの扱い・職務権限の解釈」等々で謎に満ちた多くの具体例もあるが、ここでは省くとしてロッキード事件の「検察・警察合同捜査」は、実は「検察主導・警察補助協力の捜査」だった。
慣習を無視した検察側の態度は、一体何を意味しているのか。第三者は知る由もないが、このようにして行われた捜査と、捜査結果によって田中元首相は逮捕され、そして起訴された。法律の定めるところにより東京地方裁判所は、ロッキード事件丸紅ルートの公判を52年1月27日に開始した。検察が裁判所に提出した資料は、前掲した捜査によって得たもので外部の闖入を一切拒否して作りあげた資料だった。ロッキード事件捜査に関し検察側が取った頑なな姿勢は、関係者にとっていまでも深い謎である。

検察のこのような姿勢は、後日、ロッキード事件のアメリカFBI謀略説、日中親密化を恐れるソ連国家保安委員会KGBの謀略説、果ては経済で世界席巻を企むユダヤ資本の謀略説まで取沙汰される原因となった。外国の謀略説はどこまでが真で、どこが偽であるか確かめる手だてはないが、ロッキード事件についてその背後に「巨大な力」があったことは否定できない。初公判開始から7年、実に190回の公判を重ねて、191回目の判決の日となった。10・12判決は、周知の通り被告全員有罪の宣告だった。総理の犯罪を裁くとして喧伝されたこの日の判決は、裁判史上消し去ることのできない汚点を残した。

判決の法律的解釈は措くとして、判決の意味するところは、正に「中世の魔女裁判」を思わせるもので、そこには法律の公正性・司法の独立性を窺わせる要因は一点たりとも認められない。この判決がいかに欺瞞に満ちたものであったかを証すものとして、判決後に記者会見した検事総長の言葉から読み取ることができる。検察側の勝利宣言であった当日の発言は、検察捜査・公判維持全般が「国民の強い支持と支援によって行なわれた」に貫かれていた。この言葉は根底において間違っている。少なくとも法治国家の法運用は、法律に従わなければならない。
わが国の法体系は三権分立で、司法に対する立法・行政の介入は許されていない。
検察の立場および裁判も、この法体系から見れば完全に独立した性格をもち、いかなる勢力・権力とも関係してはならない筈のものである。然るに、検事総長の発言は明確に第三勢力、すなわち「国民」が関与したことを明らかにしている。
では検事総長に問いたい。若し、国民一般が無関心か、反対かの場合…貴方は、捜査・公判維持をどのようにしてやるのか…と。戦後多くの冤罪事件が法廷史を汚した。
ある事件で被告人が裁かれた場合、この裁判が世間の注目を浴びず、また関心を呼ぶものでなかったから彼は有罪と断定された。しかし再審裁判は世間の注目するところとなり「国民が彼を支持」したから無罪にしたとでも弁解するであろうか。
司法の活動は、警察・検察・裁判の全過程で完全に独立したものでなければならない。捜査・公判が公正であればあるほど、国民の支持も支援も必要としない。

裁判の目的は「真実の発見と公正な審理」に尽きる。当初から検察による不当な捜査と、不公平な公判運用に振り回されたロッキード事件は裁判においても同じ扱いを受け、参考人の証言・証拠品の採否についても、検察側の圧倒的優位のうちに進められた。この不公平な公判運用は、金銭授受に関する証言と証拠物件真贋の鑑定、さらにアメリカから届けられた「嘱託尋問調書」の証拠採用決定に見ることができる。
2、3の法律的解釈は次章に譲るとして、10・12有罪判決は起訴時点の疑惑をそのまま受け継いだ形で進められ、ロッキード事件そのものがもつ多くの疑問・疑惑を一切解明しないまま判決に至っている。

判決直後、法相の経験がある古井喜実氏は「この裁判は間違っている」と明言し、検察の偏見と独断による公判維持を批難した。検察のいう国民の支持は、同時に検察の独断とファッショを示す言葉である。果たしてこの判決に全面的な支持を与えたのは、全国民であっただろうか。検察の不可思議な捜査・裁判所の検察寄り公判運営に疑問をもち、その結果として判決に疑念を抱いた者は、検察のいう「国民」の中に含まれていないのだろうか。
ロッキード事件の10・12判決の背景には、いろいろな力が働いていることは前にも述べた。それが故に、ロッキード事件判決はあのような道理に反したものとなり「無茶苦茶判決」と批判されるに至ったといえる。

国民支持による国民寄りの「判決」は、人民裁判の道理である。検察総長の発言・司法関係者の発言、少なくともロッキード事件裁判が人民裁判であったことを裏付けている。民主主義の原点は、国民が「主」であることにある。だが、いくら主であっても法律という厳粛な世界に、国民が世論という武器を携えて土足のまま入り込むことは許されない。判決後に発表された田中「所感」は、この判決は「政治に暗黒を招く」と述べている。
田中元首相に限らず、10・12判決をそのまま鵜呑みにすることは、政治は勿論のこと、社会全般が暗黒化するかも知れない危険を大いにはらんでいる、10・12判決は、法のありかたを改めて国民に問いかける判決であった。

5-2:真実に背を向ける世論の偽善

マスコミが日常的に使う言葉は世論である。世論はマスコミの守護神であると同時に、具合の悪いときに逃げこむ避難所でもある。しかし、世論がただ彼らマスコミの守護神である場合は、社会に大した毒害を招かないが世論がひと度武器となり、特定の人を攻撃すれば、攻撃される側にとっては核爆弾にも匹敵する脅威をもたらす。
少し古い俳句の引用で申し訳ないが、安土桃山時代の禅僧雄長老は「いつわりのある世なりけり神無月…」と詠んでいる。この引用に、神無月の名詞はとくに関係ないが引用の要旨は「いつわりのある世なりけり」である。
社会というものは、皆が共同して暮らすところであり、各人の思いが集約されて、社会の意思をつくるところである。この意思がいわば世論であって、社会を動かす力である。
したがって社会の意思、すなわち世論は真実とか正義とかに関係なく、ただ皆が良いと思うことが集積されて一つの形をつくったものである。たしかに大衆の意思が集められてできた世論には「巨大な力」がある。フランス文化を破壊し尽くしたフランス革命、世界を破滅の淵に追い込んだナチスドイツ等々の力も、その根は世論という怪物だった。

今日現在、暴徒と化した当時のフランス大衆を弁護するものはいないだろう、ナチスドイツの国民を正義の徒と称賛する者はいないだろう。だが、その時代の大衆・国民は、その時代の「世論」が正しくて世論に従うことが愛国者の義務だと思ったのである。
彼らは世論の指し示す方向に進み、そして世論に従い結果としてその世論が大変に間違っていたことを知らされた。禅僧雄長老の言葉を引用するまでもなく、社会というものには偽りはつきものであり、また、偽りがあるから社会でもある。
本来の世論は、自然発生的につくられるものである。このようにして出来た世論は、余程のことがない限り人びとを誤った道に導くことはない。フランス革命・ナチスドイツの暴徒等々の原動力となった「世論」を、自然発生的に出来上った世論と信じる者はまずいないだろう。然りである。「革命の世論・社会変化の世論」、国民をある一定の方向に引っ張っていこうとする世論は、すべて人工的・人為的に作られた世論である。
自然の力が作用して出来た世論の「偽り」は、人びとの困窮し切った生活に一服の潤いを与えてくれる大きさがあった。また、偽りを認め合うことで心の救いともなった。だが、人為的に作りあげられた「世論」は、筋道が通っていればいるほど潤いとか心の救いとかに縁がなく、強制的・攻撃的に一般大衆の意思をある一点に誘導してしまう。
田中時代の田中元首相は、人為的な世論がある一点に集中されたところで一斉攻撃された。その一点に「金脈問題があり、ロッキード事件」があった。前段で世論の性格を述べたが、マスコミの世論形成にとって最も肝心なのは、大衆受けのするニュースと尤もらしい社会主義を謳いあげる論調である。
ニュースの立場・社会主義の立場から見ても、金脈問題・ロッキード事件は二つとない材料をマスコミに提供した。熟語に針小棒大というのがある。彼らは、最初針小にしか過ぎなかった両事件をある意思・意図をもって、敢えて棒大したのである。

反田中の世論を作りあげようとする彼らにとって、真実は絶対の邪魔物であったし、また「世論」を受け取る側の一般大衆にしても「良薬は口に苦し」で、真実を聞くよりスキャンダラスに作り替えられた情報を選んだのだ。
金脈問題に端を発した田中元首相の攻撃の「世論」は、巨大な力をもって「田中の真実」を圧倒しながらロッキード事件へと発展し、最後は司法の三権分立さえ脅かす勢力となった。世論の前に真実が敗北した前例は多い。いま、一つ一つ例証することはできないが、真実が真実として通用しない社会は、暗黒社会である。同時に、世論が真実に背を向けた結果の恐ろしさは計り知れないものがある。
禅僧雄長老が嘆いた偽りのある世を、少しでも偽りのない世の中にするためにも、田中元首相が主張する「真相と真実」に耳を傾けなければならないであろう。人為的な世論の偽善を見定めて偽善の関与しない世論を作ることは、自分たちの平和な生活に直接関係してくる問題である。

5-3:田中元首相の実像と虚像


「金脈問題・ロッキード事件」報道に従事した記者たちの言葉に、ある点で共通 したものがある。記者たちの目に映る元首相像は、はっきり二つに分かれるという。
一つは、被告人として世論の糾弾を浴びる元首相であり、他の一つは、すべてが明け広げで些事にこだわるところのない懐の大きさをもつ元首相だという。 

もともと精神に異常をきたした病気でもない限り、一人の人間に二つの顔がある訳ではなし、この記者たちの言葉が示す意味は極めて大きく、記者たちの目に映るどちらかの元首相が本物で他は偽物である。常識的にみて永年の経験、その人の歩いてきた道から修得してできた人柄は、急に隠そうとしても隠し通せるものではなく意識されないまま本物の姿を現出する。これに対して他者の意図によって作りあげられた「その人」は、意図した者の意思にしたがった人間になって人びとの前に押し出される。

個人とマスコミとの関係は、小事・大事の別なく常に本物を偽物とすり替えて人びとの前に晒しものとする。したがってマスコミによって報道される個人は実像とマスコミ用の偽者、即ち虚像の二つに分断される。
前出した記者たちの言葉は、この実像と虚像のありかたを如実に言い当てたもので、マスコミというものが個人のもつ尊厳も気高さも容赦なく踏みにじり、勝手気儘な手法によって「虚像」をつくりあげるさまが手に取るように判るというものである。
普通、虚像の呼び名は、反道徳的な暗いイメージを人びとに与える。だが「本人の意思によって作られた虚像」はそのものズバリであるが、マスコミによって作られた虚像は実像つまり本人と一切がかわりなく時には暗く、ある時は明るく変貌自在な姿を現わすのである。

ロッキード事件に際して田中元首相の虚像が背負わされたイメージは、金権であり…数の亡者であり…闇将軍のそれであった。また、マスコミが虚像に投げつけた名詞は、刑事被告人・あくなき権力追求者・世論への挑戦者等々だった。
巷間伝えられるところによると、10・12判決の法廷に臨む日の朝、元首相は自宅で側近の人たちに「俺は男おしんだ」と語ったという。真偽のほどは定かでないが本人の知らぬところで作り固められた虚像が、滅多やたら罵声を浴びせられる状況を見た実像が、ほんの束の間に漏らした感懐だったと思う。

マスコミ的社会は実像を敢えて虚像化して見るが、本人にとっては実像も虚像も一体である。いかに強靱な精神を持つといっても、他人が勝手に作りあげた虚像であろうが、なんであろうが「自分の分身」が外界で揉み苦茶にされるさまを見て平静でいられる筈のものではない。田中元首相が当日の朝はしなくも漏らした言葉は、現実に自分が置かれた立場と自分がいままで耐え忍んできた、10年の道程を振り返った真実の感懐と受けとめることができる。

田中元首相に接触した記者たちは一様に、自分の親爺のような気がすると述懐し、俺たちが知る範囲の政治家であのように懐の大きな人物は他に見たことがないと口を揃える。記者たちをつかまえて、誰彼の別なく「おいメシ食ったか」と話しかける元首相の言葉は、遊びほうけて帰宅する時刻を失ったいたずら小僧が帰った途端、親爺からかけられる言葉でホットする情景にも似ているとも語っている。

思いやりが滲み、自分のことより他人を優先しようとする元首相本来の姿は、マスコミによって作られた虚像とは似ても似つかないものである。だが、現実巷間に流される田中イメージは、やはり権謀術策一本槍の田中であって、実像のもつ親しみ易く良い意味での親分的気質は伝わることが少ない。マスコミが気にするものに、地元新潟での田中人気がある。彼らはこの人気の秘密を地元優先の政策に結びつけてやまない。
代議士の使命は、国会議員として国政に参与すると同時に、選出して呉れた地元の利益代表でもある。田中政治を批難する者は、田中政治には新潟があって国がないと主張する。しかし新潟優先の政治はマスコミが作った田中政治で、実際新潟の近代化は全国に共通する近代化と同じレベルである。
田中時代の田中元首相は、政治の主催者であるとともに新潟選出の代議士でもあった。地元の利益代表として、出来得る限り地元に利益をもたらすのは代議士の神聖な義務である。何事につけマスコミの流れに乗ったことがらは、世間の注目を浴びる。
佐藤・三木・福田・大平各歴代首相が、それぞれ地元に造った道路・橋梁・その他の公共施設についての「対地元政策」は、特別な話題を提供しないのに対して新潟の公共投資はすぐにマスコミが取りあげて田中批判の標的にしてしまう。
この間の事情を一番よく知るのは、新潟3区7市26町村の住民を中心にした新潟県民である。新潟県民にとって、田中元首相は最も忠実な選良であると同時に、新潟のために粉骨砕身してくれる唯一人の相談相手なのだ。

周囲を見回しても判る通り、選挙の時ならいざ知らず通常の時期に有権者が議員のところに出向いても、精々秘書の応対でお茶を濁されてしまう。それでも議員に相談する場合は、それ相応なお土産が必要である。これが議員と有権者の常識的な関係である。だが、田中元首相だけは、この常識に反して有権者の立場で相談に応じている。

地元の田中人気をマスコミは、地元政策に結びつける。これに反して、地元の有権者は人気の秘密を忠実な選良の姿勢と、何にがなんでも地元に奉仕をと心掛ける代議士の姿勢に求める。現実の問題として、マスコミ勢が全力をあげて地元有権者と田中元首相の結び付きを断とうとするが、その努力は実っていない。地元にとって、マスコミが騒ぎ立てる金脈問題・ロッキード事件の批難は、真実を知る者の強さで単なるアジとしか聞こえていない。
地元の彼らは、田中元首相の実像を知るが故に、マスコミが訴えかける虚像に耳を傾けないのである。実像と虚像の問題は、世の中が情報化時代になればなるほど大きな社会問題になる。マスコミは、その性格においても実像を人びとに伝える能力はない。

国会報告・国政報告を通じて田中元首相と常に接触している新潟県民だからこそ、マスコミによって作り固められた虚像に惑わされることなく田中元首相そのもの、つまり実像を知り抜いているのだといえる。前出した記者たちの述懐は改めてマスコミの脅威を知らせるもので、人が人を理解するために必要なのは情報ではなく、心と心の触れ合いであることを証している。人びとがマスコミを媒介にして知る田中元首相は、否応なく不連続の状態で知る田中元首相である。これに対して記者たちと新潟県民は、連続した状態で田中元首相を見ている。このことから判るように人を知るうえでの基本は、連続した形で見ることに尽きる。
マスコミ情報の宿命は、その断片的な面にある。したがって国民一般 が田中元首相の実像を理解するためには、何等かの方法を使って田中元首相を連続して見る手段を講じることが肝心である。

「ヨッシャッ!」は田中元首相のコールサインである。しかしこのコールサインは、今度こそ…国民の側から元首相に呼びかける「ヨッシャッ!」にしたい。
「ヨッシャッ!ヨッシャッ!」いまさら金脈もロッキードもいらない。
お前さんがこれからやらなければならないことは、不景気のフッ飛ばしと国民本位の政治だ。貴族趣味の政治屋どもを追い散らして思う存分やって呉れ…正直なところ…いまの国民が政治に求めていることはこのことである。
田中元首相の抱いている不退転の信念と、国民一般が政治を求めている本当の部分を実現するためにはマスコミが田中元首相に被せた虚像の衣をはぎとり、どうしても実像を前面に押し出さなければならない。もう国民はマスコミの作った田中元首相の虚像に飽きた。
この辺で「ヨッシャッ!」の実像が大手を振って歩く姿を待望しているのである。

6-1:判決以後の政治と国民の期待

前章でも述べた如く、10・12判決は新しい田中時代の開幕でもある。
三審制に基づくわが国の法律は「疑わしきはこれを罰せず」を支える大きな柱で、下級審で有罪判決があったからといって被告を犯罪者呼ばわりすることは、わが国の法律を規定する根本を否定することと同じである。明治の大政治家星亨、大正の大政治家原敬は共に疑獄事件に連座し、下級審で有罪の判決を宣言された。
星亨は、衆院議長・逓信相を歴任した政友会所属の大物政治家、また、原敬は絶対専制主義の政治に反対した政治家で、寺内内閣はじめ西園寺・山本両内閣の内務相さらに政友会総裁、原内閣の首相まで歴任した大物中の大物政治家である。
両名とも疑獄事件で法律の裁きと世論の攻撃に身を晒したが、上級審での無罪判決で再び政治活動に進んだ人物である。両名に共通していえることは、彼らが法の裁きを受けた時には、それ程名前の知れた政治家ではなかった。彼らが政治家として大物の道を歩み出したのは、上級審での無罪判決からであった。
この一例を見ても判る通り、政治家の疑獄事件には常に冤罪的な要素が絡みつき、一歩誤れば罪のために政治生命だけではなく、人生や名誉まで棒に振る危険が政治家を取り巻いているということである。法律に定めることは、同時に社会一般の常識的な秩序である。
一審判決だけで田中元首相を罪人と決めつけることは、この常識と秩序を否定することで、それこそ反社会的な行為といえる。

明治の国民と世論、大正の国民と世論は、一審有罪の「星」「原」を決定された罪人に仕立てることなく、最終判決まで見守ったのである。政治家と有権者の間柄は、政治家が困っているときは有権者が助け、有権者が困っているときは政治家が力を貸すのが本来の姿なのである。明治大正の有権者は「星」と「原」に、この関係をもって応じた。
結果は周知の通りで青天白日の身となった彼らは、日本史・政治史に大きく記録される政治的貢献を果たした。若しあの時、有権者が現在の田中角栄氏と世論の関係にあったとしたら、剛腹の名を欲しい儘にした政治家星亨は生まれなかっただろうし、平民宰相・政友会の切れ者総裁と呼ばれた原敬は出現しなかったであろう。
判決後の田中元首相は、報道界史上最大といわれる規模の報道で改めて「マスコミの一斉攻撃・私刑」の標的となっている。
マスコミの私刑に呼応するが如く、政界でも「田中批判・田中いじめの嵐」が巻き起こった。マスコミもそして政界も田中批難の口実、題目は一様に「政治倫理」である。冗談いっちやいけない。政治倫理とは、彼らが鬼の首でも取ったように振り回すものとは根本的に異なり政治倫理の哲学的意味は、もっと高い次元において使われるものである。
安易な倫理主義は百害あって一利なしの格言もある通り、現代・現在の政治環境の中で倫理を唱える素地・土壌はない。極言すれば政治という巨大な象を針の穴に通そうとするのが、今日的な政治倫理である。

社会があって人間がいる以上、倫理そのものを否定することはできないが、ものごとには全て分限がある如く、倫理にもそれにふさわしい分限がなくてはならない。
倫理を重んじる余り、戦後食糧難で餓死した裁判官がいた。しかし彼は文化勲章も授与されず、司法官の鏡にもなれなかった。否…それどころか…彼の餓死は、法を護るとすれば彼のように死ななければならないのだぞということを如実に語っている。故に、餓死もせず職務に精励している他の司法官は、すべて法を破っているとイメージを社会に与えたのだ。彼は法の番人として忠実であったのではなく、法体系に反逆した異端者だったという立場に追いやられてしまった。本来、倫理とはこのようなもので、このことから導き出される倫理のありようは、過程のいかんではなく結果の大義である。
政治に金がかかるということは哀しいかな世の絶対常識である。

だがこの言葉には倫理的な矛盾がある。然るに倫理の名分をもって、特定の政治家を批難する政治勢力側も、この矛盾した政界に棲息しているではないか。
この意味からすれば、政治家全般に倫理を唱える資格は全く欠落している。もともと、政治の倫理と個人の倫理とは相反する立場にあり、それをゴチャゴチャにするから判決後の政局に見られるような混乱を生じるのである。
いま国民が政治に求めるものの大義は、田中辞職勧告決議案や反田中勢力の宣伝合戦ではない筈で、日本民族全体を飲み込んでしまうかも知れない21世紀という巨大な力に、対応する政治でなくてはならない。政治倫理の強調は、政治をより矮小化し、大事に取り組む力を政治から奪ってしまう。安易な倫理の宣伝は政治からも社会からも、活力を減退させる毒素の役割を担うだけである。

6-2:田中政治への期待

混迷する政治の現状は、何か新しいものが誕生する陣痛かもしれない。倫理、倫理で騒ぎまくった政局も、時がくればその力も萎えてやがて正常化するだろう。倫理が政治に何の貢献もしないことを知り尽しているのは政治家自身である。
この意味からすれば、判決以後田中糾弾を叫び続けてきた反田中勢力の活動は、自分たちの存在を国民に知らせるためのデモンストレーションであり、お祭りであったにすぎない。
建前は別にして、現実に政治を動かすものは力である。反田中勢力のお祭り騒ぎも要は、この力を国民に求めたものだったのだ。これに対して国民の受け取り方は、あくまでも建前と本音を区分けし、自分たちの生活を犠牲にしてまで建前に味方する気持ちはなく、マスコミの苛立ちにかかわりなく、本音の部分に味方している。
では国民、有権者が求める本音とは何か。それは新しい田中政治の待望と期待である。大多数の国民は政治を知らず、同時に田中政治の本質も知らない。ただ、国民が肌で感じている政治のあり様は、田中さんの時代は何もかも良かった。それからの三木・福田・大平さん、そして中曽根さんの政治は、中味が判らず生活も悪くなった。そろそろこの辺りで田中さんの出番を期待したい…で、ある。
プロの政治屋は、朝野の別なく理屈で政治を云々する。しかし、国民一般の期待する政治は、理屈抜きで生活が豊かになる政治である。本来政治というものはこのようなものではなくてはならない。政治をメシの種にする評論家・政治をやたら難しくする政治家の政治遊技とは無縁なものである。マスコミのロボットにされた国民一般、田中批判をすることで正義感振る政治家に一大覚醒をもたらすには、ここ一番、田中勢力の大攻撃を実現しなければならない。
田中は無罪である。
三審制の規定はこのことを明確にしている、田中追い出しを策す辞職勧告決議案は憲法と国会法に違反している。政治の倫理と個人の倫理とは本質が違う。
数の力は現代社会に公認された一つの権力である。マスコミのいう世論に根拠はなく、依然国民の大多数は田中元首相を支持している。三木も福田もそして大平も駄目だった。
田中時代が一番よかった。田中元首相の支持理由を捜すにはこと欠かない。
強行突破結構。それが男のやる仕事である。根拠のない世論に一喜一憂するなどは大物の資格ではなく、自らが世論を作ることに大物の条件がある。
歴史を見ても敗北主義で社会を制した者はなく、覇者の条件資格は、一にも二にも強行突破でしかない。破廉恥漢と呼ばれても良い、世の中すべて勝てば官軍、敗ければ賊軍であり、最後の決定は結果の大義である。今こそ、田中角栄氏は「心雲外天に置く」の気概をもって日本民族の為に身を粉にして働かねばならないし、それが田中前首相の絶対義務である。

― あ と が き ―


「道の道とすべきは、常の道に非ず」は老子の言辞である。
時は生者の思惑に関わりなく流れ来て、そして去って行く。

田中元首相の10・12判決も、この自然律の流転から見れば、一過性の一現象に過ぎない。人は幸福のとき偉大に見えるが、真の偉大さはその人の不運のときにある、ドイツの詩人シラーの言葉である。老子そして詩人シラーの言辞は、現在の田中氏に献じるふさわしい言葉と思える。ある意義において「日本の政治」田中氏の政治生活にとっても、10・12判決は新しい時代の幕開けの契機でもある。
今日の政治はマスコミ権勢の台頭という新たな局面に立たされ、この問題にいかに対時するかは今後の政治が民主主義の理念を貫くか、暗黒政治に回帰するかの重要課題に直結している。
論点を田中氏個人に戻せば、今後の田中氏は否応なく「政治家田中・被告田中」の両道を歩かねばならない。政治家田中に関しては、豊富な経験と天与の才能それと同時に、ア・プリオリ的な庶民性・創造性などから従来以上の政治的能力を発揮することに疑う余地はないが、被告田中の前途には依然として茨の要件が山積している。

法廷での闘いは建前上法学的領域に限定され、結果の可否は弁護団の諸氏がいかにして田中氏の真実を司法官に認知させるかにかかっている。一審の判決を見ても、かかる法理論的な主張が現代の不可避的宿命であるマスコミの権勢によって、歪曲させられる恐れなきとするに至らず法廷での闘いは同時に「マスコミ対策対マスコミ闘争」と不可分の関係にあるといえる。法理論の闘いは、主題の選定・法解釈の概念性・判例解釈の精神性等において争点の帰結は分岐される。
一つの仮定をあげれば、ロッキード事件の判決が10年前だったら田中元首相ら被告は全員無罪の判決を当然理として受けていたであろう。その理由の一つは職務権限の解釈で、従来の法におけるわが国の精神的座標軸の故である。他の理由は法権威と情報機関の地位関係にある。マスコミが今日的権勢を手中にしたのは、近年にすぎない。10年前と今日では、法廷に対するマスコミの影響力は天地の差ほど異なってきている。有罪判決に対して田中氏側の総意は、概してマスコミ批難で固まっている。
だが、今後継続して上級審での法廷闘争がある以上、単にマスコミ批難だけでは事態の解決は期し難い。道とは常の道ではない。百年一日のマスコミ批難は自ら墓穴の道に至る。同時に、人が新しい道に立つ場合の不可欠条件は、真の偉大性は難局に対峙したときに発揮されることの自覚にある。筆者は田中勢力の諸氏に訴えたい。田中勢力は古い殻を打ち破り、新しい田中勢力の新機軸を国民に開示すべきだ、と…。

― 後   記 ―

30年以上も前に書いた『田中事件の本質とロッキード事件の真相』を再読したいという方々からの御連絡を戴いて大変恐縮している。拙稿は、田中角栄の全てを物語ったものではない。日中国交回復から2年後に田中角栄を叩くための論文が発表された。
それは政治家田中角栄という「どでかい人物」を潰すためだけを目的とした、国の行く末など頭の片隅にもない、尻
(けつ)の穴が小さく、姑息で狭量な視界を失った政治家連中とマスメディアが司法を巻き込み、国民に仕掛けたピカレスクノベルであった。
田中角栄の虚は、己の後ろに注意を払うことなく前進のみの政治家であった。
その虚を政治家とは名ばかりの狭量な連中に背後から襲われた。

田中角栄を襲った連中は、田中のダイナミックな政治力の後塵を拝するだけの立つべき位置を失い、また失いかけている極度な不安を持った連中であった。彼らが田中に向けたジェラシーが、日本を永遠に膝下に置くことを目的とする米国一部勢力の力学と合体してしまった。田中の有する政治的力学が日本を自主独立に導くとする、不安感を抱く一部の政治家と秘かにその意を受けたペンタゴンとが手を結び、その力を以て田中首相潰しを謀ったのだ。政治家として大きな力と魅力を持ち、あらゆる可能性を有した田中角栄のような人物は二度と生まれないだろう。
斯様な人物を政治とマスメディアと米国が、三位一体となって摺り潰してしまったという説が、政治と検察とマスコミの田中潰しの大合唱の間を縫って巷間を走った。

いずれにせよ以後、日本の政治は自由の女神の裳裾に纏わりつき離れられなくなってしまった。角栄の死後、命を懸けて日本を守る気概を持つ政治家は、一人として見受けられない。
田中角栄の政治力・前進力・人間力は、国民に大いなる未来の希望を示唆した。
田中角栄亡き後「日本の政治は推進力を失ってしまった」と言っても過言ではない。
拙稿は、魔女狩り的不可解なロッキード裁判を通した田中角栄元首相の一側面しか描いていないが、田中角栄のアプリオリな政治家としての人間力が民衆の心に、未来の希望と前進の気概を与えたことは確かであった。
彼亡き後、衰えた政治に民衆は頭から冷水をぶっかけられ続けて風邪っぴきだ。
日本の政治が未来を見据えた政治を布かず今のままを歩めば、国家としての自主独立の道はなく傭兵国家の道を歩むしかない。



平成28年4月4日     行政調査新聞社   社主   松 本 州 弘






東京都町田市立町田第三小学校「いじめ隠ぺい事件」 第2弾
総力取材大特集 本紙独占特報



(2016年1月22日)

本紙前回記事で紹介した、町田市いじめ隠ぺい事件の告発動画が各方面で話題となっているようだ。日本語でのオリジナル版に次いで英語版も公開され、国際的な拡散が進んでいる。
まずは本紙前回記事と併せて、下記リンクから問題の動画をご覧頂きたい。

『ウソつきと共犯者』 

https://www.youtube.com/watch?v=SZf3T2fj8OE

英語版『LIARS AND ACCOMPLICES』 
https://www.youtube.com/watch?v=AjKBI2QRY6Q



その後、本紙特別取材班が追った衝撃的な本件続報をお届けしたい。

『取材申し込みの件ですが、いろいろと検討させていただきました。
現段階では、やはり子供たちの学校生活への影響を考えて、取材には応じられないことになりました。
以上、ご連絡いたします。
平成27年12月14日 町田市立町田第三小学校 校長 黒沢志津夫』

これは、前回記事公開の2日後に、黒沢志津夫学校長から本紙記者あてにFAXで届いた、取材申請への回答である。
YouTubeでの告発動画『ウソつきと共犯者』の制作者が語った「学校長も、教育委員会も、市長もまったく同一の回答だった」との前回記事中の指摘を意識したわけでもあるまいが、ほんのひと匙(さじ)加えただけの珍妙な取材拒否回答には思わず失笑を禁じ得ない。
だが現地では失笑どころではない、さらに重大な疑惑が浮かび上がっていた。

警察が知っていた「子供のトラブル」?

新年を迎えた1月1日深夜(2日午前1時50分前)。
本件「町田第三小学校いじめ隠ぺい事件」の被害者である山本氏の自宅固定電話に、非通知の不審電話があったという。
これについて、山本氏には思い当たる節があるという。
本件、町田第三小学校での「いじめ隠ぺい」に対して被害児童保護者・山本氏が立ち上がって以降、同氏宅には不審な無言電話や、不審人物による訪問や様子見のような往来が複数回あったというのだ。
しかし、新年早々の夜中の不審電話とあって警戒感を強めた山本氏は、すぐに町田警察署に通報、被害届を申し出た。
だが、申し出を受けた同署の刑事課は「不審な電話というだけでは捜査が困難。相手が特定できない事案で被害届は受理できない」と判断。生活安全課が「相談を受ける」ことになり引き継がれるかたちとなった。
頻発するストーカー殺人事件のほぼすべてが、事前に警察に被害を訴えていたにもかかわらず被害届が見送られた結果として、回復不可能な悲劇に至っている。 何度か不審電話や不審人物を見かけたからと主張しても動かないのは日本警察の常識といえばそれまでだろう。
ただ本件は、そう単純ではない特殊な事情も隠されているようだ。
被害児童保護者・山本氏が町田警察署生活安全課で詳しい話をした2日の夜、同課の担当巡査部長から山本氏の携帯電話に連絡が入った。
 それは次のような内容だったという。
 
「署内で情報照会した結果、この件は昨年の10月の時点で警察に情報が来ていました」

警察からの電話に、山本氏は耳を疑った。

山本氏は脅迫電話の被害相談をした際、心当たりとして町田第三小学校での「いじめ隠ぺい事件」についての詳細を警察に話している。生活安全課の巡査部長も初めて聞く案件として、親身になって相談を受けてくれたという。
しかし、夜になって事情は一転。町田警察署は、2か月以上も前の昨年10月には「町田第三小学校での子供同士のトラブル」という内容の本件情報を把握していたことが判ったのだ。
「警察に情報が上がって来ていたというのは、学校からということですか?」そう質問した山本氏に対して、巡査部長は言葉を濁しながらも「学校からではない」との明確な否定はしなかった。
いずれにせよ、学校または関係者が通報しない限り、学校自身が隠ぺいしようとしている本件いじめ事件について、警察が知ることなどあり得ないのだ。
そして昨年のこの時期、山本氏は制服警官(巡査)2名に、あからさまに尾行されるなど、行動を監視されることがあったというのだ。
当時、山本氏は、本件いじめ事件について頻繁に学校側と交渉や質問を重ねており、被害当事者としての自分の怒りが学校側を警戒させているのだろうと思い、警察官の監視についても深くは考えなかったという。

しかし、これは民事不介入が大原則である警察の行動律としては異常な動きであり、公権力のありかたとしても重大な問題である。

冒頭に紹介した町田第三小学校・黒沢志津夫学校長による、本紙取材申請への拒否回答を再度ご覧いただこう。

「子供たちの学校生活への影響を考えて取材には応じられません」

いかにも教育者を自称する模範解答を示した黒沢校長だが、その裏で、警察に被害児童保護者側の監視を依頼していたとしたら大問題である。
また町田警察署も、民事不介入の原則を侵してまで、黒沢校長(または本件関係者)の意を受けて、刑事事件の被疑者でもない山本氏をマークしていたのだとしたら、問題は教育行政に留まらない。
果たして、誰が警察を動かしたのか?

黒沢志津夫校長は、「いじめと疑われる事案」について「事実確認ができていないから、本件解決に向けた対策が遅延したのだ」とする釈明を繰り返していた。
同様の答弁は、昨年末の町田市議会文教社会常任委員会にて町田市教育委員会によっても繰り返された。
この「事実確認ができていない」との答弁が、黒沢志津夫学校長と教育委員会のまったくの虚偽であることは後述する。

問題は、黒沢校長の言い草によれば「事実確認ができていない6歳児の悪ふざけ」に過ぎない、その程度の認識であったはずの本件について、学校(または関係者)が、早々に警察に通報していたという点である。
黒沢校長自身が警察に通報していなかったとしても、本件いじめ事件(学校から言えば「子供同士のトラブル」)が発生した学校側から情報が提供されない限り、警察上層部が知ることはあり得ない。
またなぜ、町田警察署は「子供に関するトラブル」に過ぎない民事に対して、山本氏に事情を聞くなどの手続きもなく、学校側の要請に速やかに応じて、山本氏の行動監視を行ったのか?

相談に訪れた山本氏に、警察は「双方(山本氏と加害児童M家側)がすでに弁護士を立てて、裁判の予定ということですから、警察としては静観するということになります」と回答した。
それだけなら、ある意味では「もっともな話」ではある。裁判が予定されている民事事件に介入しないことは、警察機関として至極当然の判断なのだ。ただし、それが他方にも同じ対応であるなら、という注釈がつく。
だが、町田警察署は、山本氏に対しては民事不介入の原則を示し、一方の学校側(または学校関係者)からの要請には、その原則を無視して、なおかつ山本氏から事情を聞くという適正な手続きさえなく、即座に同氏をマークしているのだ。

この状況は、まるで学校関係者と警察内部の誰かが「特別な関係」にでもない限り説明できない不公正さである。

無論、町田警察署と協力関係にあるのは学校だけではあるまい。
本件町田第三小学校における「いじめ隠ぺい」が明るみに出ては不都合な者たちが、なんらかのかたちで警察権力を私的に濫用し得る立場にあるとすれば、山本氏を「要意注意人物」であると警察に通報し、ワナにはめることもできるのだ。

加害児童M家の「ピーポくん」と、警官志望の加害児童

この不可解な町田警察署の動きを解くヒントになるような、ある証言が現地で得られた。

それは本件加害児童側であるM家の自家用車内に、ある日から警視庁のマスコット「ピーポくん」のぬいぐるみが、外から見えるように置かれるようになったというものだ。
本紙取材班も、M家の門前に停められた自転車に「ピーポくん」のステッカーが貼られた「パトロール中」なる黄色いプレートが装着されていたことを確認している。
「ピーポくん」なるマスコットは、ぬいぐるみからキーホルダーまで多様なグッズがあり、それらは運転免許試験場や通信販売などで、警察関係者でなくとも誰 でも購入可能である。「ピーポくん」を置いているから「警察の身内」であるという単純な話ではない。
加害児童M家が「ピーポくん」を車に乗せ始めたのは、山本氏が提訴を宣言した頃からだと証言者が述懐する。
だとすれば、むしろ加害児童M家側は、山本氏からの責任追及をかわすために、警察を防波堤として利用することを「誰か」に示唆されたのではないかという疑惑さえ絵空事ではなくなってくる。

しかし、町田第三小学校の保護者からは、もうひとつの「説」も聞かれた。
「いじめの加害者側のM君ですけど、普段から“おれのお父さんは警察に強いから、なにをやっても大丈夫なんだ”というようなことを自慢してたのを聞いたことがあります」というのだ。
6歳という年齢の子供は、オトナの言葉を無邪気に反映する。加害児童が「自分の父親が警察に強い」などと嘯(うそぶ)くからには、M家と警察上層部に、なんらかの人的関係があるとしても不思議ではないだろう。

少なくとも、当初、町田警察署の生活安全課巡査部長は本件情報を知らなかった。だからこそ巡査部長は親身になって山本氏の相談に対応したのである。
この巡査部長自身、おそらく釈然としない思いがあるはずだ。署内で本件相談内容を情報として上げてみたら、すでに上層部が知っていたのだから。
小学校での児童のトラブルなどは、そもそも学校に通報されるような出来事ではないはずだ。百歩譲って警察に持ち込まれた場合、生活安全課の現場担当者が把握していても、そんな小さな案件を上層部は知らないというほうが普通である。
それが町田警察署では、アベコベなのだ。案件が「小学校1年生児童のトラブル」であるにもかかわらず、知っていたのは管理職の上層部で巡査クラスは知らなかった。まるで「極秘事項」同然に秘匿されていた形跡さえあるのだから奇妙な話だ。

不透明さを感じた山本氏は、再度、町田警察署を訪ねて、担当者の生活安全課巡査部長に直接事情を聞こうとした。
すると、担当の巡査部長に加えて、前回はいなかった別の警察官が同席し「本件については情報を一切言えない」との回答をしたというのだ。
山本氏は「担当の巡査部長が、最初の相談のときと違って、とても歯切れが悪そうにしてたことが印象的でした。おれにも子供がいるからと、すごく親切に対応してくれた人だったので、正義感との板ばさみになっているのかもしれません」と感想を述べた。

子供を悲劇に巻き込む、オトナの権力構造

本紙は、ここである過去の事件を引用して、本件との類似性を指摘したい。

1999年12月4日に発覚した、通称「栃木リンチ殺人事件」である。未成年の犯人3名(死体遺棄にさらに16歳の少年が加わる)が、ひとりの勤労少年を 恐喝目的で拉致監禁し、連日連夜暴行、拷問し続けた末に殺害。その死体を山中に遺棄した凶悪かつ陰惨な殺人事件である。
詳細 ウィキペディア参照 <栃木リンチ殺人事件>
 
この事件は、主犯少年の父親が当時栃木県警警部補であったことが発覚し、日本犯罪史上に残る大事件となった。
警察は、主犯少年が警部補の息子だと知っていたからこそ、殺害された被害者少年の両親による度重なる捜査願や証拠保全の訴えを組織的に遮断し、回復不可能な悲劇を生んだ。これが日本の警察機構の現実である。
こ の事件の主犯少年は幼少時から「粗暴な行為」を繰り返したが、自分の父親が警察官であることを自覚しての確信犯であったことは想像に難くない。どれだけ自 分が罪を犯しても、父親が父親自身の保身のために自分を助けるだろうことを、この種の狡猾な少年犯罪者は知っているのだ。

本紙が追及する町田市立町田第三小学校でのいじめ隠ぺい事件は、この栃木リンチ殺人事件の背景と同類の「闇」が漂っていると言っても、決して突飛ではない。
その「闇」とは、なんらかの関係性によって警察権力を私的に行使し得る立場の者の邪悪さが、その子供たちに「転移」するという闇である。

こうした邪悪な連帯感は、自らの不都合をもみ消すためには、なんの落ち度もない他人の心身を傷つけ、命を奪っても意に介さない。
問題がなんであれ、ある地域性に「なじまない」人間は、「抹殺しても許される」という排外的な特権意識が、人道も正論も、法律さえも無視した異常な共同体 を形成し、市の行政がこれを放置しているのであれば重大な社会問題である。歪んだ社会を容認し、あるいは恐れて沈黙する日本に未来はない。
本件、町田第三小学校いじめ隠ぺい事件の「主犯」児童らが、このままなんの社会的指導も制裁も受けずに成長すれば、「権力者につき従えばウソが素通りす る」と学び、第二、第三の栃木リンチ殺人事件が容易に起こるだろう(事実、類型の事件は後を絶たない)。
このような問題は、例外なく「教育の不在」が最大の要因で発生する。
だからこそ、教育者を騙りながら自らの権益に腐心するばかりの「ニセモノ教育職員」の根絶こそが、わが国の教育を更生させる第一歩となるのである。
 町田市立町田第三小学校は、現代日本の教育荒廃の縮図に過ぎないのかもしれない。

ウソにウソを重ねる黒沢志津夫学校長による、保護者への
情報操作の実態!学校内で行われた異様な集会


去る12月21日、午後6時。町田市立町田第三小学校・多目的室において「第1学年臨時保護者会」なる集会が開催された。
こ れは、本紙前回記事でも紹介したYouTubeの告発動画『ウソつきと共犯者』を端緒として、事態が発覚した学校側が、学校と連帯するPTA保護者と一緒 になって、事情を詳しく知らない保護者に情報操作をする目的で行った、黒沢校長と教育委員会による「悪あがき」である。

本紙は、独自のルートでその全容を録音した音声を入手。そこで繰り広げられている、被害児童の父親・山本忠氏を吊し上げるかの異常な集会の実態は、まるで中世ヨーロッパの「魔女狩り裁判」のような常軌を逸したものであった。

同集会は、まず黒沢志津夫校長による開会主旨説明から始まった。
長文になるが、重大な事件なので、以下にその全内容を、黒沢校長の各発言に対しての本紙注釈(※印)を挿入するかたちで公開する。

黒沢志津夫・町田市立町田第三小学校校長
「お集まりいただきましてありがとうございます。
本日お集まりいただきましたのは、御存知の方も多いかと思いますけども、1年●組で現在3か月以上、学校をお休みしている児童がおります。
その児童の登校再開に向けて学校として、いろいろ取り組んできてはいるところですが、そのうちのひとつとして3学期あたりから考えていることをお話して、皆さんの御協力を得たいと思いまして臨時保護者会を開かせて頂きました。

さて、その説明に入る前に、なぜこのような事態になったのか、そのへんをご説明したいと思います。
12月8日の1年●組の保護者会で説明させて頂きましたけれども、もう少し詳しく聞きたいという保護者の方の要望もあり、教育委員会と相談しまして個人情報に配慮しつつ「事実だけ」をお話させて頂くことに致しました。
皆様もご存知の方も多いかと思いますけれども、動画サイトのYouTubeというところに『ウソつきと共犯者』という動画が公開されました。
現在、多くの子供たち、保護者、地域の方々を不安にさせているものでもございます。そのへんも含めてご説明致します。」

※黒沢校長は、告発動画が学校関係者を不安にさせていると発言しているが、自身は取材も拒否し、告発に関する公的な説明責任も果たしていない。自分自身が学校と地域に不安を招来する元凶だと自覚することもなく、告発動画に責任転嫁している。
また順を追って指摘していくが、「事実だけ」を話すという宣言からして黒沢校長の「大ウソ」である。


黒沢志津夫校長
「なお、説明の都合上、訴えている保護者の方・児童をA君、訴えられているほうの児童をB君というふうにして話を進めさせて頂きます。
まず9月に、A君保護者より「子供がいじめられている」というお話を聞きました。学校としてはすぐに管理職、基幹教諭、学年主任、担任で、その方から示された事案について早々に事実確認、解決に着手致しました。
そして、学校としては、早期に事実確認をし、必要な指導をし、保護者へ連絡するということを行い、子供たちが楽しく通学できるようにすることを最終目標に全力で取り組むことを(被害児童保護者に)お伝えしました。
この段階で、「いじめ」という訴えだったこともあり、「いじめの訴え」という捉え方で取り組みました。
後で「学校が最初、いじめと認めていたのに認めなくなった」と言われているのは、このことだろうというように思います。」

※まったくの虚偽説明である。
そもそも加害児童の粗暴な振る舞いや精神的に不安定な言動については昨年5月頃から、複数の在校児童によって認められている。
当初、被害児童の母親は加害児童を心配して、担任女性教諭に連絡帳を通じて知らせている(連絡帳の記載に明らか)。ところが、この担任はこれら加害児童の 危険な兆候を示す情報について、一切往信をしない。不自然なほどの完全無視であり、いわゆる「初動調査」の義務放棄である。
黒沢校長は、「いじめ」はあたかも9月に突如発生したかに報告しているが、入学早々の春先から、加害児童について注意を促す情報が担任教諭に知らされていた事実を意図的に省略している。

黒沢志津夫校長
「調査の結果、出された事案は、現段階で3つのグループに分けることができます。
一つ目は、話し合いの上、訴えた方と訴えられた方とが事実確認はできているけれども、いじめかどうか判断の分れるもの。
二つ目は、話などに食い違いがあり、確認がストップしているもの。つまり、事実かどうか確認できないことです。
三つ目は日時・場所、特定できていないもの。これも事実かどうか確認ができません。
では、事実確認ができていることについてお話をします。
まず一つ目です。
こ の事案は9月の10日、仲良しの二人が下校中、A君の家の前の門の内側に蝉の死骸がありまして、B君が黙ってそれを持って行こうとしたことです。A君の宝 物だったようで、A君の母親に注意をされ「そんなに欲しいならあげるよ」と言われましたけれども、B君は断って投げて返しました。起きた事実はここまでで す。
このことについてA君の保護者より学校に連絡が入りましたので、担任が事情を聞いて指導し二人は仲直りをしました。
Bさんの保護者よりA君の保護者への謝罪の電話もあり、学校としては解決した事案と考えていたところです。
ところが、1か月後の10月5日の話し合いのときに、Aさんより「蝉の件は敷地内に勝手に入って敷地内にあるものを勝手に持って行ったので、いじめを通り超えて窃盗であると、犯罪である」というお話がございました。
学校では、悪い行動ではあるけれども、いじめとしては捉えませんでした。また、6歳という無邪気な年齢ですので犯罪と言わず「悪ふざけのひとつ」と考えま した。この段階でA君の保護者が主張する「犯罪」と、学校側の「悪ふざけ」という判断が並行線となっているわけです。
なお、この話し合いは両保護者、学校、教育委員会、そして市議会議員が参加しております。」

※「蝉の死骸を拾った」という軽微な出来事だけを引き合いにすれば、真相を知らない他の保護者らには、これを「犯罪だ」と被害を訴える山本氏のほうが異様に見えるだろう。
しかし事実としては、前段の注釈の通り、加害児童の問題行動には「序章」があったのである。
だ からこそ山本氏は、「B君」が「無断で人の家の敷地に立ち入って蝉の死骸を拾った」という軽微なことを、ただの子供の無邪気な振る舞いではない、加害児童 が暴発する危険な予兆を感じていたのだ。そして、山本氏の「B君」に対するその予感は自分の息子への暴行という悲劇的な結果で的中したのである。
な お、黒沢校長がここで用いた「悪ふざけ」という言葉は、この日の臨時保護者会で初めて使われた表現である。それまでの「話し合い」の中でも一度も使われて いない。他の保護者に、とにかく「大したことではないことを大騒ぎしている山本家」という洗脳を急ぎたい黒沢校長は、この日のための新たな情報操作として 「6歳児の悪ふざけ」と言い出したのである。
そのうえで黒沢校長は「話し合いには両保護者、学校、教育委員会、そして市議会が参加しております」などと、いかにも関係者全員が「6歳児の悪ふざけ」だとの認識を共有していたかのように発言している。
事実は前述のように、誰一人「6歳児の悪ふざけ」などと言っていない。くどいようだが「話し合い」全4回合計6時間ほどの録音を聞いても、ただの一度も出 てこない表現である。録音の中で、加害児童M家の保護者(父親)は沈痛な声で山本氏に謝罪している。「6歳児の悪ふざけ」で、そのような謝罪をする保護者 がいるだろうか?


黒沢志津夫校長
「次、事実確認ができている二つ目の件です。
これは遡ること4か月前の5月29日、一緒に下校していたA君にB君が「自宅に入るときに“おじゃまします”と言うように」と言った件です。
一緒に下校していた子供たちは覚えていませんでしたけれども、B君がこれを認めたため、翌日、B君の保護者からA君の保護者への謝罪がありました。
子供たちへの指導も6月1日、担任が済ませており、A君がB君に「ごめんなさい」をしました

※謝罪は当然、加 害児童B君がA君に対して「ごめんなさい」と言ったのだ。黒沢校長の言い間違えであるが、強いてプロファイリングをすれば、被害児童A君=山本家を意図的 に貶めようとする黒沢校長の無意識が、このような被害者・加害者逆転の発言をさせているのではないか?

そのため、学校としては解決した事案と考えておりました。
しかし、4か月後の9月11日の話し合いのときに、A君の保護者より「言葉の暴力である」と、「いじめ」という話がございました。
この件についても学校は、いじめと捉えず「6歳児の悪ふざけ」と捉えました。
これも先ほど同様、A君の保護者が主張する「いじめ」と学校側の「悪ふざけ」という判断との違いが並行線になっています。
三つ目は9月18日、A君とB君、そしてもうひとりの友達3人と1年●組の教室で、中休み仲良く自由帳に絵を書いて遊んでいました。A君が「書いてもいい よ」と言ったので、B君がトカゲとクワガタの絵を書いたそうです。そして、さらにその自由帳には「バ」と書き、B君は自分の名前を書きました。さらにもう ひとりいた子が、その「バ」の後ろに「カ」って書いたわけです。だから「バ」と「カ」とB君の名前になりました。これの件も「いじめ」という訴えがござい ました。
これはB君が、友達を使って自分がA君にいじめられているように仕組んだものである、A君をいじめの対象にするものだったと主張されています。
この事案は、A君が(9月)24日から不登校になっていますので、子供同士の落書きについての謝罪はできていません。
学校での話し合いのときに、B君の保護者からA君の保護者に対して「落書きに関して、やってしまったことは申し訳ない」との謝罪がありました。
子供同士の「ごめんね」ができていないので、解決とは言い難いですが、学校としては「いじめ」ではなく「6歳児の落書き帳の悪ふざけ」と捉えています。
これもAさんの「いじめ」と学校側の「悪ふざけ」が並行線になっている事実でございます。
以上、話し合いに参加しての事案を知った上で「いじめ」か「悪ふざけ」かで分れている3点でございます。」

※黒沢校長が「事実確認ができている3点」というのは、加害児童による言動のなかで、いずれも軽微なものだけである。
第一、3点目の件などは校長自身、被害児童A君が不登校で謝罪ができていないと証言している。即ち、学校は被害児童からの事実確認が取れていないにもかか わらず「加害児童B君が認めたから」と事実認定している。なぜなら、これらは軽微な事実だからである。
逆に、本件について学校、教育委員会、加害児童・被害児童両保護者、市議が一堂に会した「話し合い」では協議の主題にさえなっていた、加害児童が傘の先端 で被害児童の眼を狙って突いた「傘事件」(市議会議長・上野孝典氏自身がそのように発言)のことは、この臨時保護者会では一切触れられていない。
黒沢校長は「事実確認ができたものだけを報告」と前置きしているが、「傘事件」についても加害児童「B君」自身が「傘の先端で眼を狙って突いた」と明確に 担任教諭に話をしており、この聞き取り結果は、ほかでもない黒沢志津夫校長の面前で担任教諭から報告されているのだ。
「蝉の死骸を拾った」ことを「加害児童B君が認めたから事実認定」したというならば、「傘事件」こそ、「B君」本人が認めているのだから、その時点で事実確認ができていることになる。
さ らに黒沢校長は、加害児童保護者が「落書きに関してやってしまったことは申し訳ないと謝罪した」などと放言しているが、「話し合い」の録音に明らかな通 り、謝罪は「傘による暴行事件」について行われている。誰あろう加害児童保護者自身が、「傘事件」を認めて謝罪している事実があり、黒沢校長もその場にい たのである。
つまり、黒沢校長は自分たちに不都合な、加害児童による重大な暴行を、事情を知らない他の保護者から隠すために、確信犯でまったくの「ウソ」を並べ立てているのだ。
告発動画などで事実の一部が流出しており、実際に被害児童A君が長期欠席している以上、さすがに黒沢校長も「なにもなかった」とは言えない。
そこで意図的に軽微な出来事だけを前面に強調して、他の保護者が被害を訴える山本氏を異常なモンスターペアレントであると錯誤するように仕向けている。極めて悪質なネガティヴ・キャンペーンだ。
いや、黒沢志津夫氏が仮にも公立小学校の学校長であり、市税を財源とする給与で食ってきた教育職員であるという事実に鑑みれば、このような明白な「ウソつき」ぶりは、悪質どころか「凶悪」とさえ言えるほどの犯罪的な行為であろう。


黒沢志津夫校長
「あと他の事例ですけれども、すべて事実確認ができませんでした。
どうしてできないんだろうと思われる方も多いと思いますので、一例だけ理由を申し上げたいと思います。
A君保護者より訴えがあったものの中に、日時、場所、関係者等がまったく示されてないものがございました。
その点をA君の保護者に聞くと「日時、場所、関係者は学校が調べて欲しい」という主張でした。「証拠もあり証明できるけども学校には教えない」ということも仰られています。
学校としては出来る限りのことで調べましたけども、確認はできませんでした。
Aさん保護者に情報提供をお願いしているところでございます。
さて、ここまでお話できることで経緯をお話して参りました けども、9月24日より今日までA君は学校に来ていないことも事実です。学校そして校長として大変胸を痛めております。担任のほうも、翌日の9月25日の 朝、描いた絵を見せてくれたA君を見たのが最後です。学校としてこの事実を重く受け止めております。」

※「あと他の事例ですけれども、すべて事実確認ができませんでした」という黒沢校長だが、真相は前述の通りで、加害児童が行った軽微な出来事だけを「事実確認できた」ものとして報告することで、保護者らを誤誘導している。
一般的な人間の認知メカニズムとして、軽微な事例を正式に報告されて、その後に「あと他の事例ですが」などと聞かされれば、あたかも「あと他の事例」は、それまで聞かされた軽微な言動よりもさらに軽い言動だろうとの先入観を植え付けられる。
そうでなくとも、「傘で眼を突く暴行」などは事実確認の有無にかかわらず、黒沢校長がもしも公正な人物ならば、そのような重大な争点があることを他の保護者に報告する義務があるはずだ。
なぜなら、事情を知らない保護者でも、山本氏が「傘で目を突く暴行」について被害を訴えていると聞けば、一方的にモンスターペアレントだとは思わないはずだからだ。
しかし、後に判ったことだが、この臨時保護者会には、事前に学校側の意を受けて参加した、いわば学校側のサクラが仕込まれていた。これについては後述する。
な お、24日から登校していない被害児童「A君」について、黒沢校長は「9月25日の朝、描いた絵を見せてくれたA君を見たのが最後です」という意味不明の 報告をしている。「A君」が9月25日に登校したり、または自宅に学校関係者が訪ねた事実もないので、これも黒沢校長の言い間違いであろう。いかにも理路 整然とした報告を演じているわりには記録も不正確で、被害児童「A君」と加害児童「B君」を言い間違えるなど、黒沢校長には本件に対する誠意も緊張感も感 じられない。

さらに、ここで発言された以下の黒沢校長の報告を再度確認しておこう。

「A君保護者より訴えがあったものの中に、日時、場所、関係者等がまったく示 されてないものがございました。
その点をA君の保護者に聞くと「日時、場所、関係者は学校が調べて欲しい」という主張でした。「証拠もあり証明できるけども学校には教えない」ということも仰られています。
学校としては出来る限りのことで調べましたけども、確認はできませんでした。
Aさん保護者に情報提供をお願いしているところでございます。」


この黒沢校長の発言に至っては、いじめ隠ぺいどころか被害児童の苦しみを抱えながら告発に立ち上がった山本氏を侮辱さえしている、許されざる「大ウソ」である。
何度も繰り返すように、本件の「話し合い」はすべてが録音されていた。学校長や教育委員会、加害児童保護者も上野孝典町田市議会議長も、「密室会議」にできているという過信があったからこそ、いわば本性を隠さずに言いたい放題に発言していた。
その中で、黒沢校長は「A君保護者」こと山本氏に対して「いじめの証拠があるなら見せて下さい」などと言っている。どれだけ核心を掴まれているのか探りを入れるかの物言いである。
そこで山本氏は「証拠はすべて弁護士が持っていますから聞いて下さい」と返答したのだ。
ところが、黒沢校長が山本氏の弁護士に証拠の存在を確認することはなかったのである。つまり、弁護士に聞いて本当に証拠を示されたら、もはや黒沢校長は言い逃れが効かなくなるからだ。
「学校としては出来る限りのことで調べた」などと言った黒沢校長は、山本氏に「証拠は弁護士に聞いて下さい」と言われながら、自ら「調べないことにした」 に過ぎない。それを、あたかも解決を妨害しているのが山本氏のほうだとでもいう論旨にすり替えているのだ。
付言するまでもなく、山本氏はすでに弁護士に委任したと学校側に告げている。それならば、山本氏自身が「弁護士に聞いてくれ」と言われて、学校側がこれを 実行しない理由などない。まさに「事実確認」の白黒がはっきりするであろう、弁護士保有の証拠について、なぜ黒沢校長は触れようとしなかったのか。

答えは、ただひとつ。黒沢志津夫校長は、すべての真相を知っているからである。
触れてはならない、触れては加害児童と保護者の墓穴となる証拠だという確信があったからこそ、黒沢校長は山本氏の提言にもかかわらず弁護士に連絡をしな かった。いや、すべての真相を知っているからこそ、弁護士から証拠を開示されたら、自らが窮地に立たされるであろうことを知っていたのである。
黒沢校長への糾弾は今後に譲るとして、まだ続く、臨時保護者会での黒沢校長の虚偽答弁を検証しよう。


黒沢志津夫校長
「では、先ほど申し上げた話し合いで、学校側や教育委員会から提案し取り組んできたことを申し上げます。
一つ目は、学級の様子を伝え安心させるために担任が手紙、学習プリントを届けがてら家庭訪問を行います。数日おきにやっておりますが、まあ、定期的にはなかなか難しいので何日かおきになっております。ただこの間、担任はA君に会えておりません。
二つ目、話し合いの中で町田市のスクールソーシャルワーカーの派遣、教育相談所、これは「けやき教室」といいますけども、への相談。本校のスクールカウンセラーの活用についてお薦めしています。残念ながら実現しておりません。
四つ目・・・あ、三つ目。学級の子供や近所の子供たちと遊ぶことによって、学校への復帰につなげる提案をしましたが、遊んだ子供がA君のいじめの標的になるからとの理由でこれも実現しておりません。
さて、こっから本日の本題に入りたいと思います。
A君の保護者より、A君はB君が怖くて学校に行くことが出来ないということで、B君に対する措置を強く希望されております。
A君を登校させる条件として、三つ出されました。
一つはB君を転校させる。二つ目はB君を出席停止にする。三つ目はB君に対してひとりだけ別室で授業を受けさせるというものでございます。
これについて私・校長としては、三つは受け入れらないことをお伝え致しました。」

※ここでも黒沢校長による「ウソ」のオンパレードが続く。
黒沢校長は、あたかも学校はこれだけ被害児童A君の復学に向けた努力、対応をしているが、ことごとく山本氏が拒否しているかに吹聴しているが、事実はまったくの逆である。
こ の間、担任、校長、教育委員会、市議、東京都教育委員会にまで、あらゆる方面に必死で解決を訴えていたのは山本氏であって、学校側が対応らしきことを見せ 始めたのは、本件告発動画『ウソつきと共犯者』がYouTubeで公開され、周辺で大ごとになり始めた後のことである。
担任教諭が「A君の様子はいかがですか?」と自分から山本氏に電話をしてきたのは、告発動画が公開され、市議会での請願が行われた当日(被害児童の欠席か ら約3か月後)が初めてであり、黒沢校長が言うように学校側が本件解決に向けて積極的に取り組んだ形跡など、なにひとつないのである。
また、黒沢校長は、いかに山本氏が異常であるかに演出して報告するために自分に都合よく文言をねじ曲げてまとめている。

「A君を登校させる条件として、三つ出されました。
一つはB君を転校させる。二つ目はB君を出席停止にする。三つ目はB君に 対してひとりだけ別室で授業を受けさせるというものでございます。」

    
これだけ聞かされれば、まるで山本氏が校長に要求書でも突きつけたかの図を思い浮かべるが、実際の会話で、山本氏はこのような要求をしていない。
前回本紙記事で紹介している告発動画『ウソつきと共犯者』のなかで、まさにこの部分の実際の音声が使われている。
山本氏は「いじめ防止対策推進法で、こういう場合に(加害児童の)出席停止措置の適切な運用、というのはできないんですか?」との主旨を質問し、これに対して黒沢校長が「できません」と一蹴しただけのことである。また山本氏が学校側に「B君を転校させろ」と要求した事実もない。
「加害児童を別室で授業させる」というのも、いじめ防止対策推進法に定められた法文に沿って「そのような措置が出来ないのか」と山本氏が質問したに過ぎ ない。いじめ防止対策推進法は理念系の法であるにせよ全会一致で議員立法された法律である。そこに定められた一文についての質問であり、山本氏の不当な請 求であるはずもない。これに対しても黒沢校長は「加害児童の教育権がありますから出来ません」と一蹴している。
山本氏が「3点要求する」などと黒沢校長に迫り、「三つは受け入れられない」などと応答した事実は存在しないのである。
このように黒沢校長は一貫して、山本氏を「異常なモンスターペアレント」にデッチ上げようと画策し、実際の会話を知らない保護者らに対して山本氏を貶めている。それとも「算数」教師出身の黒沢志津夫校長は、国語が苦手ということなのか。
そして、黒沢校長の「大ウソ演説」は次の言葉で締めくくられた。


黒沢志津夫校長
「それで学校としては、今から申し上げる方法を新たに提案していきたいと思います。
それは、A君に十分目が届き、様々な点で配慮が出来る少人数指導です。
登校し始めの1週間程度、1年●組をふたつの少人数クラスにして、それぞれに担任がつくという案です。担任は現在、●●教諭と副校長を考えております。
もちろんこれはA君の保護者の同意を得てから実施したいと思いますが、とにかくA君の登校できるようになった状態で、すぐにでも実施したいと思っております。
状況に応じて、この期間は多少延びるかもしれませんけれども、1日も早いA君の登校に向けて今回の対応について、ご理解とご協力を皆様方に求めたいと思いまして、今日、保護者会を開かせて頂きました。
最後になりますけれども、今回、仲良しだった二人が一刻も早く問題を解決し、二人が以前のように楽しく学校に過ごせるようにするため、私も当然ですけども全職員で力を合わせて取り組みたいというように思っております。
また、本校の保護者の皆様、地域の皆様にも、今後、いろいろとお力を借りることが出て来るかもしれません。そのときは、どうぞよろしくお願い致します。
今回は、ほんとに皆さんに不安を与えるような事態になってしまったこと、校長として深く反省しております。お詫び申し上げます。大変、申し訳ございませんでした。私からは以上です。」

以上が、臨時保護者会の冒頭で黒沢志津夫校長が滔々と述べた「大ウソ」演説の全容である。

終始、まるで「無理難題をふっかける山本家に対しても、学校は登校できていないA君のために誠実に対応している」とでもいうような言いぐさである。
それ以前に、大学病院で世界診断基準のストレス反応を診断された被害児童と、その加害児童を、たかだか1週間程度、クラス分けしたところで解決するはずもないことを、黒沢校長は理解できないのだろうか。

この黒沢志津夫学校長の演説に、告発動画の製作会社代表で本件支援のボランティア活動の中心的人物でもある国際的映画監督・高橋玄氏は憤りを隠さない。

「今年の干支が申(サル)でシャレにもなりませんけど、猿芝居もいいところです。ウチでも山本氏と学校側との4回に及ぶ「話し合い」とやらの録音を入手し ており、私たちは全容を聞いています。山本氏の代理人・武田弁護士も訴訟での証拠方法とするものです。
そこには、「傘の暴行」について謝罪をする加害児童M家の父親の言葉が残っています。黒沢校長は「事実確認できたもの」などと言っていますが、それは数ある加害児童の暴行のうちから、故意に軽いものだけを保護者会で開示しているに過ぎません。  
たとえば、蝉の死骸を無断で手に取ったことを「窃盗だとA君両親は主張されました」と聞かされたら、真相を知らない人たちは、山本氏が異常な感覚のモンスターペアレントだと思ってしまうでしょう。
繰り返しますが、加害児童M家の父親は「蝉の死骸事件」や「自由帳への“バカ”の落書き」のことで謝罪したのではなく、明確に「傘で眼を突いた事件」につ いて被害児童保護者の山本氏に謝罪しています。M家の父親の「やってしまって申し訳ありませんでした」という声がそのまま録音に残ってるわけです。
「話し合い」の録音内容を無編集で聞けば、この保護者会での黒沢校長の説明や市議会での教育委員会の答弁が、ウソまみれであることは誰にでも判ることです。
私たちがボランティアで製作している本件ドキュメンタリー映像の監督・土屋トカチも取材で確認していますが、「話し合い」というのは、加害児童M家の両親 も息子がやらかしてしまった暴行を認めていたからこそ始まったんです。M家が認めていなかったなら「知りませんよ」でおわりのはずで、「話し合い」に同席 するはずもないんですから。
いじめ-私たちの認識では6歳児による暴行傷害事件ですが-を事実無根だというなら、なぜ最初から数えて4回も当事者 が集まるんですか。事実だと全員が知っていて、加害児童保護者と学校側がマズイから「どうやって封印しようか、どうやって軟着陸させようか」と探りを入れ るためのものが「話し合い」だったんです。
それが最後には、山本氏が裁判とメディアでの紛争に進めると宣言したから、もう粉飾は出来ないと判った加害者や学校側は作戦を変えて、あとはウソが通用するまでウソを突き通すことにしたんでしょう。
ど うして、山本氏が私たちメディアの人間に相談してきたか。それは完全に四面楚歌に追い込まれたからです。手順を踏んで、担任、学校、教育委員会、その上の 東京都まで話をして、すべてに無視された。それどころか、行政ぐるみで、もみ消しに動いている。不審なやつらが自宅前をうろつくし、無言電話もある。子供 はパニックに襲われ続けて、家庭内も消耗してくる。その間、夫のほうは生計を立てる仕事を休み救いの手を求めて走り回る。それでも学校、町田市行政は知ら んふりだった。だから、ニューヨークにいる私にSOSをしてきた。本当に、6歳の子供が自死する直前の状況だった。
結果としては、告発によって学校らがマズイと思い始めて事態がやっと動き出した。もちろん、黒沢校長を含めて、あの連中はなにも反省などしてないですよ。ただ事態が暴露されて保身を考えているだけです。
いじめ防止対策推進法制定のきっかけとなった、大津市のいじめ自殺事件を代表的なものとして、その他の後を絶たないいじめ事件でも、日本の教育行政は全部同じ体質です。
役人体質というのかな。子供の命にまでかかわるようないじめ事件でも、まるで「カラ出張がバレちゃまずい」という程度の感覚で、ウソをついて責任追及から 逃げおおせようとしか考えない。そういうデタラメな連中が、いまの日本の教育行政を仕切っているわけです」


さて、黒沢校長は、裁判になれば明らかにされることを、なぜ、あからさまなウソで乗り切ろうとするのか。
ある学校関係者によれば「当の黒沢志津夫学校長がこの春には定年退職で同校を退くことが決まっているからだろう」という。退職すれば黒沢氏は「私人」として、責任を逃れ得るだろうとの思惑だろうか。

学校とPTAの異様な連携―PTA会長の倫理に反する暴言!

しかし、前掲の昨年12月21日の町田第三小学校第1学年臨時保護者会の異様さは、黒沢志津夫校長による、ウソにウソを重ねた情報操作だけではなかった。
本来、問題がなんであれ、学校と生徒・保護者の間に立って諸問題を解決すべき調整役であるはずのPTA会長自身が、被害児童保護者・山本氏を吊し上げるも同然の暴言を吐いていたのである。
「この日の臨時保護者会は、初めからシナリオがあった茶番だったと思います」と、山本氏は振り返った。
 
黒沢志津夫校長は、開会宣言なる長いウソ八百の演説に続いて「では、保護者の方からご質問があれば」と、出席者に意見を求めた。
ここで発言した保護者のほぼ全員が、あらかじめ黒沢校長=PTA会長の意を汲む発言を「心得ている」お母さま方だったようである。

ある保護者は「そもそも、なんでYouTubeに動画を公開したんですか?」と、見当違いの質問を山本氏に浴びせている。
前出のプロデューサー・高橋氏や、取材・監督の土屋氏が公開した告発動画を、保護者らはなぜか「山本氏が公開した動画」という認識で吊るし上げているのである。

これこそが「弱い者いじめ」の構造そのものだと、当該動画の土屋トカチ監督は言う。
「前にもお話しましたが、高橋プロデューサーと旧知だった山本さんからの相談で、この事件を支援するようになったんです。
た だ、それはこちらが取材して、こちらが制作して公開した動画です。山本さんが公開したわけでも、動画で暴露してくれと頼みに来たわけじゃありません。動画 に使った録音証拠だって弁護士の許諾を得ています。逆に山本さんは、闘うという覚悟を決めるまでだいぶ葛藤もあったようですよ」

つまり、学校やPTAは「動画を制作・公開している映画会社は、どうも簡単にはやっつけられそうもないから、弱そうな山本家を攻撃しよう」とでもいうようだ。
PTAは、問題発覚の端緒となった告発動画の内容も知りながら、誰一人として黒沢校長や教育委員会に真偽を問わない。黒沢校長の「報告」とやらを無条件に 受け入れ、山本氏を「査問」し、精神的に追い込んでいる。学校側の意を汲む誰かが主導して、黒沢校長のウソを既成事実化させようとしているかの発言しか見 受けられないとは異常な集会としか言いようがない。

そんな山本氏包囲網の陰の中心人物のひとりが、町田第三小学校PTA会長A(女性)だろう。本紙では実名も所在も把握しているが、彼女は公人ではないので現在のところはイニシャル表記とする。

A氏は笑い混じりに「町田に合わないなら、引っ越して転校されたらいかがですか?」と山本氏に言い放ったのである。

仮にもPTA会長という女性が、長期欠席している被害児童についての集会で口にして良い言葉であるはずがない。
黒沢校長が本件について「事実確認ができていない」というのは、逆にいえば少なくとも建前上は実情が明らかになっていないという意味だ。誰も事実を知らないはずなのに、PTA会長が「やなら出ていけばいい」と放言すること自体が矛盾している。
黒沢校長は本件の「すべてを知っているからこそ」隠ぺいに必死なのだ。そうであれば、事実を知らないはずのPTA会長A女史が、このような発言をするはず はないと考えるほうが自然だ。A女史も「すべてを知っているからこそ」真相が露呈する前に、山本家を町から排除したいのではないか。
町田市という自治体は、教育行政はおろか、市民レベルまで異常なのかとの疑念さえ余儀なくされる。
本紙は同臨時保護者会の全容を録音で確認したが、山本氏を吊し上げるPTA保護者が「このような動画を公開するのは子供たちのためにならないと思いますから、止めて頂きたいです」と発言すると、会場から拍手が沸き上がる異常さである。

ここまであからさまに山本氏を攻撃する「他の保護者」らが、なにも事情を知らない無垢の存在であるとは信じ難い。
こ の日の臨時保護者会には、同小学校に子供を通学させている東京都議会議員が参加していたという。某都議氏が誰なのか特定できていないのだが、いずれ判明す るだろう。この某都議氏は、先のPTA会長の山本氏への暴言にも黙っているどころか、薄笑いを浮かべながら、吊し上げを見守っていたという。
 
町田市の「闇」は、一自治体としての自浄作用などおよそ期待できない、歴史的に異様な排他性を堅持する特殊な地域とでも言えるほど深いものだと推察される。
少なくとも、本件は町田市における教育行政の問題である。
根まで腐敗している町田第三小学校については、文部科学省直々に大ナタが振るわれるような改革をしなければ、被害児童のみならず、優秀でまじめな同校の児童たちにも被害は拡大する。
実際、学校関係者と保護者の間には「町田第三小学校の卒業生徒は受け入れたくない」と漏らす中学校も出てきたとの噂まで流れている。

加害児童M家は自ら転校を相談していた!?

「学校のすべては校長で決まる」―教育界では原理原則とされているこの言葉に従えば、本件問題のすべての元凶は町田第三小学校・黒沢志津夫校長にある。
ある意味では、加害児童M家は、学校が主導する話のすり替えに相乗りしたかたちともいえる。
それをうかがわせる、非常に興味深い証言が得られている。
本件問題が発覚した当初、加害児童M家保護者は、自らMの転校を希望する相談を学校側にしていたというのだ。
というのも、加害児童Mには、明らかな暴行事件に至る以前から精神的に不安定な様子が散見されており、M家としても環境自体を変えなければ再び同じような問題行動を起こすのではないかと危惧していたというのである。
ところが、M家からの転校の相談を却下したのが、当の黒沢志津夫校長と教育委員会であったという。
公立学校の場合、生徒は定められた学区の学校に登校させるという「教育委員会によるルール」(法律ではない)があり、転校を申請する場合には相応の条件を満たさなければならないことになっている。
本件の場合、加害児童Mを転校させようとすれば、M自身のいじめや暴行歴を認めることになる。町田第三小学校として不都合であるばかりか、問題児童を快く受け入れてくれる学校が容易に見つかるとも思えない。
それならば、被害者側に泣き寝入りさせて、表面上でも「解決」させたことにしたほうが得策だという行政上の謀略が、そもそも本件が、ねじれていった最初の要因であろう。

社会は「ウソつきと共犯者」を逃がさない

だが、これら黒沢学校長や町田市教育委員会、そして「なんらかの特殊な関係性」を過信している者たちは、社会や世論というものをあまりにも軽視している。
先述の栃木リンチ殺人事件は、被害者の殺害という最悪の結末から約半年も経ってから、すべての事件背景が明るみ出て、日本を震撼させる歴史的凶悪事件となった。
この栃木リンチ殺人事件が発覚した直接の原因は、殺害した被害少年の死体を遺棄する際に、主犯3人に呼びつけられた16歳の少年が「良心の呵責に耐えかねて」警察に自首したことだった。
そして、これに注目した地方新聞の記者が初めて県警警部補の息子を主犯とする凶悪事件であることを報じて全国に拡散したのである。
 
本紙で取り上げる、本件町田市立町田第三小学校の「いじめ隠ぺい事件」とは、局所的な一過性の事件なのではない。
いまの日本は包括的に同類の事件に覆われている。それが日常的なニュースにまでなると、異常は常識になるのだ。いまでは、国民も「いじめ」事件の数々を、まるで不可避の自然現象であるかのように眺めているだけである。
また、そのように精神が麻痺した社会では、誰も責任所在を追及しないまま、問題はあてもなく先送りにされ、やがて風化する。その繰り返しとなる。
栃木リンチ殺人事件に限らず、桶川ストーカー事件、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件、昨年の岩手矢巾北中学、今年になって明らかとなった沖縄での小学生自死事件など数えればきりがない「いじめ事件」がその証左だ。

しかし、時代は変わり、いまやインターネットでの情報共有が日常となった。
岩手矢巾北中学校での中学2年生いじめ自殺事件でも、陰の主犯とされる訴外女子生徒の実名と画像までがネット上で拡散されている。
いじめ防止対策推進法立法の契機となった、滋賀県大津市の皇子山中学校での、いじめ自殺事件も同様だ。
主犯の少年らは半永久的に本名と所在地をインターネット上に公開され続け、そのたびに過去を消すために名前を変えながら、姑息に生き延びようとする。
だが、最後には自らが犯した「人殺し」の報復を自らの手で、自らに下す時が来るのである。それが真の「世論」というものだ。
 
これら同質事件での学校長や教育委員会の「ウソにウソを重ねた答弁」は、本件、町田市立町田第三小学校での「いじめ隠ぺい事件」と、まったく同じである。
だが決定的に違う点は、町田第三小学校での山本氏と支援者らは、回復不可能な悲劇に至る前に、メディアにも呼びかけた闘いを始めたことである。
まさか被害児童保護者が自らの実名を挙げて告発活動を展開するとは、町田第三小学校・黒沢志津夫校長も、町田市教育委員会も想像しなかったのだ。自分たちが「不義」に生きている人間だから、世の中の「不義」に立ち向かう人間がいることを想像できなかったのである。
皮肉なことに黒沢校長らのその油断が、これから自分たちの致命傷となる「話し合い」の全録音を可能にした。黒沢校長が、山本氏を頭からナメ切っていたから こそ、いじめ事件では、ほとんど初めてのケースとなるであろう、いじめ隠ぺいの密室会議の生の録音証拠を残すことが出来たのである。

本件を最初に告発した動画監督の土屋氏は言う。
「私は労働組合運動の専門家でもあるので、社会の庶民の力、世論の力が最終的には権力階層よりも強いことを知っています。この町田市立町田第三小学校の事件も、最後には社会が「犯人たち」を逃がさないでしょう」

冒頭の、山本家にあった1月1日深夜の不審電話に話を戻そう。
 
本件被害児童の母親・山本氏夫人は、万が一の時を想定して、友人限定公開のFacebookで次のようなコメントを残している。

『【私達は自ら死なない、そして、今頑張っている先生達へ】

ここに、先に書きとめておく。
私達家族は、真実、事実確認、証拠を全ておさえての上で慎重に動いてます。
したがって、本当の事がバレてしまったら、都や市では(もしかすると国でも)、困る人達がいるのです。
もしも、私達家族が”死”のようなことがあったら
自殺、事故では絶対ありません。

ただ、かなりの癒着のある村なので
もしニュースか何かで
(隠蔽の街だから、公にもならないかも。)
私達が”死”などのニュースなんかになって
自殺とかのニュースだったら
絶対にあり得ません。

もし、そうなったら、
そう片付けたい市や、癒着のある警察官の情報が
そのままメディアに反映された。
そういうことなだけです。

先に、私達が自ら”死”はないので
ここに書き留めておきます。』(後略)


このメッセージを目にしても、町田第三小学校教諭やPTA関係者、市議会の政治家たちは、本件に対して沈黙を続けるのだろうか。

身の危険まで感じている山本家に対して所轄の町田警察署は、本稿冒頭の通り「静観」。万一のことも想定して、山本家は民間警備会社に警備を依頼。現在、巡回と機械警備で24時間体制の警備が続けられている。
小学校に入学したばかりの息子が理不尽な暴力の被害に遭い、訴え出れば学校と教育委員会は隠ぺい工作。さらにその不義に対して立ち上がれば、学校や加害児童保護者と連帯していると思われる「見えない力」から迫害される。
異常な環境で山本家をこれ以上孤立させないためにも、本紙は本件告発報道を継続する。
自らの利権のためには6歳児童さえ犠牲にする、教育者とは名ばかりの卑しい国賊たちを決して許すことなく徹底的に糾弾することを、本紙はここに改めて宣言しておく。


本紙特別取材班






< 特 集 >
東京都町田市の小学校で「いじめ隠ぺい事件」
町田市立町田第三小学校を覆う異様な空気とはなにか?

(2015年12月12日)

本紙に「東京都町田市在住の匿名市民」氏から投稿メールで情報が寄せられた。
同市立の町田第三小学校で6歳児童が深刻ないじめ被害に遭い、保護者の度重なる相談、訴えにも関わらず、なんら解決を見ないまま、被害児童は急性ストレス反応を発症して、その後3か月も登校できない状態が放置されているという内容だ。
端緒は、国際的な人気動画投稿サイトYouTubeで公開された、下記の動画である。

『ウソつきと共犯者/LERA and ACCOMPLICE(特報)』
https://www.youtube.com/watch?v=SZf3T2fj8OEyoutube

英語版 ”LIARS AND ACCOMPLICES Special Report”


この動画では、当該事例を「いじめという表現では妥当性を欠くほどの、シングル・エイジによる暴行傷害事件」であると過激に指摘し、本件は町田市教育行政の組織的な「いじめ隠ぺい事件」であると言及している。
同作動画には「特報」として断片的ながら、被害児童保護者と学校長らとの生々しい会話録音が暴露されている。昨今、同様のいじめ問題は頻発しているが、当事者の会話がそのまま公開されるのは極めて異例であろう。製作会社に問い合わせたところ、同作の取材・構成を手掛けたドキュメンタリー映画監督の土屋トカチ氏につないでくれた。土屋監督は、同告発動画に至る経緯を以下のように説明した。

Q この動画を制作、公開した経緯は?

土屋トカチ監督(以下「土屋」)
土屋:
製作総指揮の高橋さんの旧知の友人女性から、メールでSOSが届いたことが始まりでした。 彼女の6歳の息子さんが今回の被害児童A君です。
ピカピカの小学一年生として入学して早々、5月頃から同級生の児童からいじめを受け始めて 、エスカレートしていった。母親は、最初は担任教師、学校、教育委員会と相談して回ったが、どうも解決に向かわない。それどころか、加害児童をかばうような、あからさまな隠ぺいではないかと気がついたのです。それで、どうすれば四面楚歌の状況を打開できますかと、彼女が高橋さんに助けを求められた。なんとかしてみようと支援を引き受けた高橋さんは、ドキュメンタリー畑の私に本件を持ちかけて、このプロジェクトが始まったんです。

Q 取材は被害者側だけのように見えるが、事実認定はどのようにしたのか?

土屋 :
もちろん、ちゃんと手順を踏んで学校側にも取材申請をしています。私たちも記録報道の仕事をしている以上、被害者側の主張だけを鵜呑みには出来ません。
最初は町田第三小学校の黒沢志津夫校長宛てに取材を申し込みましたが、回答は「子供たちの学校生活への影響を考え、取材には応じられません。」という一文だけが返ってきました。まあ、ひどい返答ですが、これだけなら私たちも特に異様さを感じませんでした。
ところが、この後に信じられないことが起きます。黒沢校長に続いて町田市教育委員会、さらに石阪丈一町田市長にも同じ取材申請をしたのですが、教育委員会も石阪市長(秘書課名義)も、黒沢校長からの取材拒否理由と、一言一句同じ回答をしたのです。

なるほど、確かに奇妙な話である。一般的な行政制度上では、監督責任の上から順に市長・教育委員会・学校長となるのが普通で、仮に前出の回答が市長から始まり、上層部に右へ倣えで教育委員会・学校長が歩調を合わせて同一の拒否理由を述べるなら、まだ理解できる。
だが、町田市では一学校長の最初の発言が、まるでコピー・アンド・ペーストのごとくに、本来、学校の上部機関である教育委員会と首長の回答にそのまま使われている。

土屋 :
私たちが、これは組織的な隠ぺいだと判断したのは、実はこの取材拒否回答によってなんです。普通、あり得ませんよ。黒沢校長という人物がよほどの実力者なのか、なにかべつの力学が働かない限り、三者とも判で押したような同じ文面を寄越すことはない。私も仕事柄、取材申請は日常ですけど、こんな異様なことは初めてです。
私たちは、メディアとして、あくまでも客観的、公正な事実確認のためにと主旨を説明した上で彼らに取材申請を投げたのです。被害者側の話が事実と違うのであれば、取材に応じて、学校や教育委員会側の見解を示すのが普通です。というより、校長や教育委員会、市長は言うまでもなく公職者です。町田市の公人として、メディアの主張だけでニュースを構成される危険を排除して、関係者や市民に対しての説明責任があるはずです。しかし、それもない。こうなれば、もはや官製犯罪といって過言ではない、組織的な隠ぺいを疑われても自業自得ではないでしょうか。

「いまの校長になってから、すべてが変わった」
複数の保護者証言から浮上した、町田第三小学校の荒廃


告発動画の土屋監督に事情を聞いた本紙は、投稿メールの送り主「匿名の町田市民」氏に返信で連絡を取り、追跡調査のための取材協力を打診した。「匿名町田市民」氏は「狭い町なので、誰が情報を流したとか、取材源はあの家だとか、いたずらに険悪な空気になってしまうので、情報源も匿名でお願いできるなら」という条件付きで、本件の舞台となった町田第三小学校の実情を明かしてくれた。
初等教育である小学校では、居住地の学区により姉妹・兄弟が同じ学校に通うということが一般的だ。数年歳が離れた兄弟では、同じ学校でも「運営者」である学校長が違う時期に学校生活を送ることも珍しくはない。3学年離れた二人の子供を持つ、町田第三小学校児童の保護者は、こう話した。

「上の子はもう卒業していますが、その時の女性の校長先生(小山紀子・元学校長)は本当に素晴らしかったんです。いじめもあったんですけど、その校長先生は自分で相談の電話を取って、いじめた子の家にも校長自ら出かけて行って、速やかに解決していました。
それが180度、変わったのは、いまの校長(黒沢志津夫学校長)が2013年の春に赴任して来てからです。学校自体が暗くなったというのか、すべてがそれまでと違う。卒業して中学に進んだ上の子自身、いまの校長では悪くなって当然だと言ったほどです」


教育分野の専門家は異口同音に「学校のすべては学校長で決まる」と言う。
黒沢志津夫校長とは、どのような人物なのか?早速、本紙は町田第三小学校・黒沢校長宛てに取材を申し込んだが、現在のところ回答は得られていない。件の告発動画を見れば、学校名も校長も実名でやり玉にあげられている。普通であれば、名誉棄損か公開差し止めを求めるなんらかの法的措置が講じられても不思議ではない。ことに、幼い子供たちが通う小学校の風評に関わる問題である。前出・土屋監督が開示した黒沢校長の取材拒否「子供たちの学校生活への影響を考え、取材には応じられません」という文言が真であるなら、ここで同氏が沈黙することは、かえって学校関係者に混乱を招くだけであるとも思えるのだが。べつの保護者は、次のような衝撃的な話をしてくれた。

「うちの学校(町田第三小学校)は、いま、本当に荒れています。A君(本件被害児童)だけの話じゃなくて、ほかの子供も、かなり悪質ないじめに遭っています。いじめだけではなく、学級崩壊もあります。授業中に半分以上の生徒が、好き勝手に遊んでいることも起きているんですけど、担任は打つ手もないみたいに溜息をつくばかりで統制がとれていません。とにかく、うちの学校では子供がいじめを先生に報告しても、先生が聞かなかったことにするような傾向が強いんです。先生全員がそうだとは言えないと思いますが、子供たちも「先生に言っても無駄だ」と知っていて、それなら告げ口して、いじめのターゲットにされるより見てみぬふりのほうがいい、と考えるようになってしまう。」

にわかには信じられないような話だ。しかし、仮に教員の指導力に問題があるとしても、そのような学校の崩壊ぶりが事実であれば親同士で情報が交換されて、問題行動を起こす児童の保護者も家庭のしつけとして子供を指導するのではないだろうか。すると、前出の保護者は、まるで現状を諦めるかの暗澹たる表情を浮かべながら続けた。

「うちの学校では保護者の連絡網が存在しません。学校内での情報は全部、学校が一元管理するマニュアルというか、システムになっているんです。文書になったマニュアルじゃないと思いますけど、そういう体制になっているというか。ですから、子供からいじめの報告を先生が受けても、数十人で授業を妨害する学級崩壊のクラス担任の先生も、それを加害者の親には連絡しないんです。もちろん、いじめられたほうの保護者も、連絡網がないため、直接、加害者側の親に注意することもできません。もし、それをやれば「親同士は直接連絡をしないでくれ」と学校から言われます。そのため、問題行動を起こしている親たちは、まさか自分の子供が学校を荒廃させている張本人だと知らないままということも多いんです。学校が親に報告しませんから。」

町田第三小学校の、この“情報遮断マニュアル”については、べつの学校関係者も指摘した。

「あの学校では、問題児の親もまた問題児だという考え方があるんです。もしも教師が“おたくのお子さんが、こんな問題を起こしている”と言ったら、逆ギレするような親だろうと。それは厄介だから、加害児童、問題児の行動は親には黙っておこうというわけです。だから、あそこではいじめは泣き寝入りで耐えるしかないことになっていく。」

これは本当に2015年現在の公立小学校の実態なのだろうか?聞けば聞くほど、耳を疑うようなエピソードが、事実として証言されていく。親同士を接触させないことで情報を遮断して、問題の流出を阻止しているとすれば町田第三小学校は、まるで黒沢志津夫校長という独裁者が支配する、小さな暗黒大陸とでも言えはしまいか。

「それでも、一度、問題児の親に学校から連絡がいったことがあります」と証言は続けられた。
「いつも先頭を切って授業を無視している子供がいるんですけど、あるとき、授業中に外に出て、みんなで石を投げて学校のガラス窓を割ったという事件がありました。そのとき、投げられた石のひとつが学校に隣接する一般住宅の車かなにかに当たって傷つけてしまった。近所に被害が出たし、学校もガラスの弁償を親にしてもらわないと、ということで問題児童の保護者に連絡したようです。」


普段は深刻ないじめも学級崩壊さえも、それら加害児童の保護者には連絡しないという学校が、ガラス代の弁償のためにはマニュアルに反して加害児童の親に連絡したというのだから、開いた口が塞がらない話である。
町田第三小学校では、いったい、なぜこのような異常事態が放置されているのだろうか?

児童の学び舎を覆う、町田市の見えざる「闇」
石阪丈一町田市長と公明党


未確認の情報が錯綜する段階なので、ここで証言のすべてを取り上げることは控えるが、町田第三小学校のこうした実態の背景には、もうひとつ大きな「闇」が見えてきた。そのキーワードは、石阪丈一町田市長と公明党の関係である。現・町田市長の石阪丈一氏(68)は、横浜市総務局に勤務、同港北区長を経て、2006年に町田市長選で初当選し、第四代町田市長に就任した。
しかし、その直後に石阪氏は、選挙当時の政治資金規正法違反により、横浜簡易裁判所から罰金30万円の略式命令を受けている。この事件は、当時メディアに報道された上、日本共産党町田市議団も石阪市長の辞職要求の声明を発表している。

石阪丈一市長の辞職を要求する(声明) 2006年8月9日
http://www.jcp-machidashigidan.jp/seisaku060809.html

当然、石阪市長への責任追及の声は議会のみならず町田市民の間でも起こった。二期目はないと思われた石阪氏だが、そこに「神風」が吹いた。2010年、二選目の選挙戦で石阪市長を推薦し、全面的にバックアップしたのが公明党なのである。そして、石阪市長は昨年も再選を果たし三期目を迎えていまに至っている。
 
ここで、話を本題の町田第三小学校「いじめ隠ぺい事件」に戻そう。
本件では被害児童保護者、加害児童保護者、黒沢志津夫校長、教育委員会らの出席による、問題解決のためと称した「話し合い」が行われている。冒頭に紹介した告発動画の中にも、そのときの録音が暴露されている。もう一人のキーパーソンが、告発動画の中で「町田市議会議長」とされている上野孝典町田市議である。上野市議は公明党に所属する。
そして、「これは噂の域を出ませんが」と関係者が前置きした上で語ったことではあるが、本件いじめ事件の加害児童保護者は、創価学会の信者であるというのだ。上野孝典市議も、創価中学→創価高校→創価大学と一貫して創価教育を受けて育った生え抜きの学会議員である。自身のホームページにも、その経歴は明らかにされている。そもそも町田市には町田文化会館という創価学会の施設があり、それは町田第三小学校とは目と鼻の先に位置している。

無論、信教の自由は憲法で保障された権利でもある。本紙も、上野市議が創価学会信者であること自体を問題視するつもりはない。だが、予てから政教分離に反するとの批判を受け続けている公明党議員の上野市議が、いわば「身内びいき」から、仮にも公立小学校内での会議において、創価信者のいじめ加害児童の保護者を味方したのならば、看過できない重大な問題である。
その町田市行政の頂点に、公明党の創価学会票田に浴している石阪丈一市長が座しているとなれば、本件は単なる学校単位のいじめ隠ぺいではなく、小学校の児童教育の理念からはかけ離れた、醜い政治的な思惑が動いていると想像しても絵空事ではあるまい。
石阪町田市長は、公明党市議・上野町田市議会議長の顔色をうかがって、本件を無視黙殺するつもりなのだろうか。

一方、創価学会に精通する某人物からは、興味深い情報も寄せられた。
今回の上野市議の言動については、当の創価学会関係者も「迷惑している」と怒りをあらわにしているというのだ。巷間、ただでさえ問題視されることも少なくない創価学会からすれば、学会の名誉を傷つけることになりかねない上野市議の単独プレイには辟易しているのだろう。いかなる宗教も、弱者救済を唱えているはずだ。上野市議が信教の自由を錯誤し、個人的な覇権欲から、いじめ加害児童に加勢したのであれば、自ら教義に反したことになる。
本紙は特定の政治、宗教に与する立場にはないが、当該いじめ隠ぺい事件に悪影響を及ぼしたに等しい上野市議に対しては、公明党も創価学会もその責任を追及すべきではないのか。

立ち上がる被害者家族
動きだした学校改革へのムーブメントと、学校関係者の混乱


本件を告発動画としてインターネットに公開した前出の土屋トカチ監督だが、それはむしろ被害児童の一家による覚悟を受けてのものだったという。

土屋 :
私たち、記録映像の専門家は、今回のような告発行動に免疫がありますが、被害児童本人や保護者には相当の覚悟をしてもらわないと危険です。その点は、今回の呼びかけ人のひとり、高橋さんも、被害者側に「いくら友人とはいえ、決して“代理戦争”はやりませんよ」と念を押していましたね。辛くても闘わないといけないのは、被害者側の本人たちだからです。私たちも、人として応援するべきだと、ボランティア活動として着手しましたが、あくまでも立ち上がる決意をした彼らによって、今回の告発報道という方法論になったんです。

被害児童保護者は、加害児童保護者・学校・教育委員会の民事責任を訴えるために弁護士を委任。東京弁護士会所属の武田健太郎弁護士が受任した。過去にもいじめ事案を手がけて解決に導いた法律家であるという。いじめ事例を扱う法律家が極めて少ないと言われる日本で、武田弁護士も彼らの光明となった。
被害児童の母親は、かつて外資系企業での勤務歴もある社交的な女性だが、本件での精神的苦痛から、子供と同じくうつ病を診断されるまでに追い込まれている。しかし、彼女が過去の外資系人脈にも本件への解決を呼びかけたことで、諸外国からも支援の声が届いているという。英語版による記事も、近いうちにメディアに公開されていくだろうと被害児童一家の関係者は語った。
他方、町田第三小学校と町田市教育委員会では混乱が広がっているようだ。
本稿既述の通り、同学校では「なにも知らされていない」保護者が多くいる。黒沢志津夫学校長がそのように構築した情報統制によるものだが、保護者達からすれば寝耳に水の事件である。中には事実の追及よりも、平穏を乱されることへの危機感から、立ち上がった被害児童家族や協力者たちを疎んじる親もいるという。本紙も本件について続報し、被害児童救済に向けて微力ながらの支援をしたい。そう思わせた理由は、被害児童家族に親しい人が語った、次の言葉だった。
「被害児童のお父さんは、自分の子供のことだけを言っているんじゃないんです。なによりも、自分の息子がいじめに遭っていると教えてくれた女の子を心配しておられました。どこのいじめでもそうですが、証言した子は、報復でまた標的にされる。それがあの学校のように、校長までが事実を隠そうとするようなところでは、ものすごい勇気がいると思います。そんな女の子を置いて、自分たちだけ転校すればいいとは考えられないって、お父さんは仰ってました。あの学校でいじめや学級崩壊に耐えている子や保護者がいるのは事実です。もし私なら、そんな勇気はとても持てないと思います。」

実際に、被害児童の父親は、この紛争の最中にあって、自ら町田第三小学校のPTA副会長に立候補もしている。荒れた学校から立ち去るのではなく、自分たちの手で改革していかなければならないという意志からだ。そこでまた、事態を理解しない学校寄りの保護者から反発されるようなことも起きているのだという。

12月11日―本紙独占速報!
被害児童の父親、町田市議会で請願意見陳述

町田市では町田第三小学校関係者や、一部、本件改革の動きに反発する人々の間で、思わず失笑を禁じ得ない噂やネガティヴ・キャンペーンが流布されている。
信じ難い流言飛語は、本件で注目を集めている告発動画について「あれは映画スタッフが作った短編映画で、全部、役者を使った作り物で、デマだ。被害児童のお父さんは売れない役者だから、これで売り出そうとしている」などというものだ。
これは告発動画の製作会社が本来はフィクションの劇場映画を製作していることや、ドキュメンタリーには「監督」はいないと思っている一般人の誤解も理由だろう。また、被害児童の父親が、若い頃に俳優活動をしていたことを知っている関係者が、その話を曲解して、伝言ゲームのように馬鹿げた噂がひとり歩きしているのかもしれない。そうでなければ、本件告発をデマだと吹聴することで自己保身を図ろうとする、事実を追及されては不都合な「誰か」または派閥による誤誘導、情報操作である。

その渦中の人物、被害児童の父親が12月11日午前10時、町田市議会・文教社会常任委員会において、武田健太郎弁護士と共に本件の請願意見陳述を行った。
この時点で、本件問題は公共の案件となったこともあり、本紙は当事者の合意を得た上で、被害児童保護者が山本忠(37)氏であることを公開する。もちろん、山本氏は愚かなデマが吹聴するような「売れない役者」ではなく、市内の造園会社に勤務する植木職人だ。確かに山本氏は、過去にモデル、俳優として活躍し、常盤貴子主演の東宝映画 『赤い月』 などにも出演していたが、結婚を機に芸能界を引退し、一家の大黒柱として造園業で腕を振るっている一町田市民である。
そんな山本氏が、小学校に上がったばかりの一人息子を襲ったいじめ事件に立ち向かい、支援協力者の輪を広げていったことから、ついに市議会での請願にまで辿り着いたのである。
請願には紹介議員が必要だ。今回、名乗りを上げたのは、新井克尚市議(保守連合)である。
受理された本請願は、文教社会常任委員会に付託され、委員会審査となり、今日の山本氏の意見陳述となった。

本紙は、同委員会での意見陳述、質疑応答を見守った傍聴人から話を聞いた。
議場にはNHKも取材に訪れ、告発動画の取材・監督の土屋氏など複数のカメラが請願人である山本氏と武田弁護士、市議会と教育委員会とのやりとりを追っていた。
5分間という意見陳述の制限時間で、山本氏は堂々たる請願理由を述べた。
印象的だったのは「自分の息子だけの問題ではなく、こうしたいじめ問題は保護者と学校と行政が連携して協力しなければ解決できない。私ひとりの力では無理だから請願を申し上げています」という、山本氏の真っ直ぐな言葉だった。

これに対して、町田市教育委員会の答弁は、いずれも首をかしげるものばかりが目立った。
この日、請願第16号として事前に出席者に配布された山本氏の請願書面は『いじめ事件に対して真摯に取り組むことを求める請願』と題されており、その結尾にはこうある。
『教育委員会として、いじめ事件を隠蔽せずに真摯に取り組み、現在通学が出来なくなってしまっている被害者児童が安心して通学が出来る環境を作ると共に、このような痛ましい事例の再発防止に向けた誠実な対応を強く望みます。』
山本氏がこの請願を述べた後に見解を求められた町田市教育委員会の学校教育部長は、次のように答弁した。

「本請願は、一般論として教育委員会がいじめに対して真摯に取り組むことを求めているのではなく、町田第三小学校の個別の具体的事案について、それをいじめ事件と捉えた上で、その対応を求めるものでございます。そういった意味では、これまで述べました通り、現在、事実が明確になっていない中で、本件をいじめ事件として捉える請願につきましては、願意に沿うことはできない。」

このふざけた答弁は、誰が作文しているのだろうか?
つまり、町田市教育委員会は、本件について「事実も明らかになっていないのだから、いじめ事件とは言うな」「町田第三小学校のことであって、しかも一方的にいじめ事件と言うような請願に対して、教育委員会にちゃんとやれと言われても無理だ」と言っているのに等しい。最後には「引き続き事実を解明していく」などと、曖昧な答弁で逃げていた。

これに対して、録音証拠の全容を聞いている告発動画の土屋監督は憤る。
土屋 :
動画では一部を公開していますが、山本さんと学校らとの全4回の話し合いは、すべて録音されていました。裁判では全容が明らかにされると思いますけど、その話し合いの第一回目で、いじめの事実認定はされているんです。被害児童、加害児童のふたりの担任である女性教員が、加害児童本人から確認した話として“やってしまった”ことを、学校長や教育委員会、さらに加害児童両親の前で報告しているんですね。その場で、誰も反論していません。
このことに明らかですが、話し合いはいじめの事実を教育委員会も含めた学校関係者が共有したからこそ設けられたんです。その話し合いは回を追うごとに、いじめの事実認定の定義みたいなことにすり替えられていったんです。被害児童が“やった”というのは、刑事事件でいうなら自白と同じです。教育委員会は山本さんのお子さんから話を聞けていないことを理由に、事実が明確にできない、事実解明を邪魔しているのはむしろ山本さん側だとでも言うような言語道断のことを言っています。
本件では、たとえば「傘で眼を突いた」という現場を目撃した、ほかの在校児童の証言もあります。というより、その証言から事実が判った。しかし、担任も教育委員会もこの児童の存在を知りながら、その子に公式に聞き取りをするなどの動きもありませんでした。
明確にいじめがあったことを判った上で、これが外部に漏れたら困るのは、加害者側と学校、そして教育委員会です。被害者である山本さん以外の当事者には、本件を隠ぺいしたい明らかな動機があることになります。
彼らは、まさか録音されているとは知らず、密室会談で山本さんを丸め込めるとタカを括っていたから“本音”を口走っていた。ところが、議会にまで持ち込まれてしまったものだから、あとは頑なにウソをつき通すしかないんでしょう。

これが真相ならば、教育委員会は、山本氏の息子である被害児童が、長期に渡って登校出来ない深刻な病状を利用するかたちで「被害児童への聞き取りが出来ていないから、解決も遅れるのだ」と開き直っているも同然なのである。 「ウソ」でなければ、「現場からそのような報告は上がって来ていなかった」とでもいう役人お得意の、部下への責任転嫁をするつもりなのだろうか。
いずれにしても、現に被害が長期化している6歳児童を放置してまで、言を左右に責任回避を優先するかの町田市教育委員会の態度は、市民に厳しく追及されるべきではなかろうか。

だが、議会は動いた。

町田市議会録画放映 平成27年12月11日午前10時
文教社会常任委員会 学校教育部 請願第16号

https://www.gikai-machida.jp/g07_Video_View.asp?SrchID=3586

本件は市議会・文教社会常任委員会によって、継続審査が可決されたのである。
しかも、市議のひとりは「これは緊急を要する案件でもあり、閉会しても継続審査するべきだ」と発言。本件を不採択に持ち込みたいであろう教育委員会を、図らずも牽制するかたちとなった。
質疑応答の詳細については、町田市議会のインターネット議会中継録画でも閲覧可能になり、土屋監督の告発動画でも公開するという。
本紙でも、山本氏一家と関係者、支援者への取材活動を密にして、無名の改革者たちの動きを引き続きお伝えしていく。

本紙特別取材班







 

【過去の特集・短期連載記事】

#

記事タイトル

 掲載年月日

1

いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる「約9億円の錬金術」!第一回  2006年2月24日

2

いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる「約9億円の錬金術」!第二回  2006年3月3日

3

いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる「約9億円の錬金術」!第三回  2006年3月6日

4

いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる「約9億円の錬金術」!第四回  2006年3月10日

5

いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる「約9億円の錬金術」!第五回  2006年3月13日

6

安岡正篤記念館・(財)郷学研修所をめぐる疑惑 【その1】  2007年11月22日

7

安岡正篤記念館・(財)郷学研修所をめぐる疑惑 【その2】  2008年1月23日

8

安岡正篤記念館・(財)郷学研修所をめぐる疑惑 【紙面版】  2008年3月19日

9

日本人の本心、日本政府の本音 台湾に、心よりの感謝をお伝えしたい(紙面版)  2011年5月13日

10

「いま、原子力発電の是非を問う」 まえがき  2011年6月16日

11

「いま、原子力発電の是非を問う」 第1章  2011年6月16日

12

「いま、原子力発電の是非を問う」 第2章  2011年6月16日

13

「いま、原子力発電の是非を問う」 第3章  2011年7月4日

14

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-1  2011年7月16日

15

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-2  2011年7月22日

16

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-3  2011年8月4日

17

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-4  2011年8月6日

18

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-5  2011年9月5日

19

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-6  2011年10月17日

20

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-7  2011年11月2日

21

「いま、原子力発電の是非を問う」 第4章-8  2011年11月23日

22

「いま、原子力発電の是非を問う」 あとがき  2012年4月11日

23

「一般社団法人 超意識之会」のご紹介  2014年7月19日



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